SNSでは賛否が分かれる映画「異端者の家」。私としては最高に面白かったので、感想と考察等をまとめます。
基本情報
基本情報です。
原題 | Heretic |
公開年、制作国 | 2025年、アメリカ・カナダ合作 |
監督、脚本、制作 | スコット・ベック、ブライアン・ウッズ |
レイティング | R15+ |
舞台 | アメリカのコロラド州 |
あらすじです。
シスター・パクストンとシスター・バーンズは、布教のため森に囲まれた一軒家を訪れる。ドアベルを鳴らすと、出てきたのはリードという気さくな男性。妻が在宅中と聞いて安心した2人は家の中で話をすることに。早速説明を始めたところ、天才的な頭脳を持つリードは「どの宗教も真実とは思えない」と持論を展開する。不穏な空気を感じた2人は密かに帰ろうとするが、玄関の鍵は閉ざされており、助けを呼ぼうにも携帯の電波は繋がらない。教会から呼び戻されたと嘘をつく2人に、帰るには家の奥にある2つの扉のどちらかから出るしかないとリードは言う。信仰心を試す扉の先で、彼女たちに待ち受ける悪夢のような「真相」とは——。
引用:異端者の家オフィシャルサイト
予告編動画(1:39)です。
フィクションではありますが、二人の宣教師は実際にある末日聖徒イエス・キリスト教会(通称モルモン教)という宗派に属している設定。アメリカでの公開当初は、やはりそこから激しい非難があったようです。
無神論者のミスター・リードの話の中にもその他具体的な宗教宗派の名前があがっています。宗教という難しいテーマを扱いつつ極上エンターテイメントに仕上がっており、演技やセット、撮影にもこだわりが感じられるA級サイコスリラームービーです。
オフィシャルサイトです。
感想
以降記事の中にネタバレを含みますので、ご注意ください。
好みの分かれる宗教討論
前半かなり長めの会話劇が続き、テーマも宗教なのでそこに関心がない人にとってはかなり苦痛かもしれません。個人的には関心の高いテーマであり、むしろそこに惹かれて観に行ったようなものなので無問題。会話は続きながら状況がじわじわとヤバくなっていくのが斬新で、いつ堰が切れるのかとハラハラとさせられました。
昔「そもそも宗教とはなぜ生まれたのか?」とかを考えていたので、個人的にはどちらかというとミスター・リード派で、ふむふむと納得して聞けていました。音楽やその他いろいろな文化の話に例えて同意させようとする回りくどさにはイラっとしましたが。
唯一絶対の宗教とは?
とても興味をそそられる問いです。宗教が理由で対立が起きたり人が不幸に曝されるのを何千年も繰り返しているボクらなので、そんなものが本当にあれば欲しすぎます。相手がサイコパスだとしても無視できません。
…と宗教論そのものに言及するのは野暮なので止めておくとして、この長い会話劇については監督脚本お二人の過去作「クワイエット・プレイス」の対比と考えると感慨もひとしおです。あちらでは一言でもしゃべると死に直結したので。ただしパンフレットによると本作の企画案自体はクワイエット・プレイスより前にあったようです。
しっかり怖いよ後半戦
後半は怒涛かつ予想外の展開で、ラストの決着まで一気に加速。3人以外の登場人物も出てきて、怖さ爆発です。対話で解決しないとなれば、やはり最後はフィジカルに物を言わすしかありません。
だんだんヤバさがエスカレートするミスター・リードに対して、はじめは気弱だったシスター・パクストン(クロエ・イースト)が急激に成長し、覚悟を持って恐怖に立ち向かう姿が超カッコイイです。ほとんどジョジョの奇妙な冒険です。
まるで第4部でグングン成長する広瀬康一くんのような、第5部で兄の死によって覚悟を決めた暗殺チームペッシのような変貌っぷりです。ラストのくだりも岸辺露伴感があって好みです。
「祈りに意味があるのかって?意味はないかもしれないなぁ!…アメリカでこんな実験があったのを知っているか?100人の患者を50人づつに分けて…(中略)…祈りに科学的効果はまったく認められなかったそうだ……だが祈る!!あえて!あたしが!敵のあんたのために祈るんだぁぁ!!」

"Chloe East at the 2024 Toronto International Film Festival (cropped)" by Kevin Payravi is licensed under CC BY-SA 4.0 .
解説
ちょっとわかりにくい点をパンフレット情報などを参考に解説しておきます。
モルモン教とは?
二人のシスターが属する末日聖徒イエス・キリスト教会、通称モルモン教ですが、その名前は現在推奨されないそうです。末日聖徒イエス・キリスト教会は19世紀にアメリカで創設されたキリスト教系の宗教。設立当初は一夫多妻をOKとするなど教義においていくつか重要な点で異なるため、主流のキリスト教宗派は末日聖徒イエス・キリスト教会をキリスト教の一派とは見なさず、独自の宗教であると認識しています。一部には「異端」と見なす立場もありますが、近年では相互理解を深めようとする動きも見られます。
この映画の原題は「Heretic」、意味は「異端者」です。
ミスター・リードのような無神論者も信仰を持つ者からしたら異端者なので、この映画は「異端VS異端」という構図なのです。日本語タイトルは「異端者の家」になっちゃっているので、「ミスター・リードのみが異端側」というニュアンスの違いが生まれてしまっています。ただ映画を観ればわかりますが、末日聖徒イエス・キリスト教会を貶めるような描写はなく、二人のシスターは敬虔で聡明です。異端であっても信仰を持つ意味と尊さがあることが伝わります。
シスター・バーンズの腕に入っていた金属は何?
ミスター・リードがシスター・バーンズ(ソフィー・サッチャー)の腕から小さな金属をほじくり出し、「人類はこのマイクロチップを埋めこまれてコントロールされているんだ!」みたいな妄言を叫び出します。
あの金属は避妊インプラントというもので、二の腕に埋め込んでおくとホルモンの効果で3年くらいの避妊効果があるそうです。海外ではポピュラーで日本では未承認ですが、調べたら日本でも施術できる病院がありました(未承認なので価格は高い)。
ポイントは末日聖徒イエス・キリスト教会が、婚前交渉や避妊を禁止していること。
ミスター・リードは会話劇の最中にシスター・バーンズのインプラント痕に気づいていたので、どこかでそのネタを使おうと考えていたのでしょう。結果、シスター・パクストンを追い詰めるために利用されてしまいました。それはマイクロチップなんかではなく避妊インプラントだと指摘すれば教義違反を突っ込まれる、それを避けるためにマイクロチップであることを認めたらミスター・リードのトンデモ説が真実になってしまう………”詰み”である

"Sophie Thatcher variety" by Crispr117 is marked with CC0 1.0 .
考察
本作を見て気になった点、2つほど考察(妄想)してみます。
ミスター・リードは何がしたかったのか?
サイコパス無神論者ミスター・リード、彼は何がしたかったのでしょうか?
まず二人のシスターを招き入れた時点で帰す気はなかったはずです。1回でも逃がせば通報されて終了なので。「玄関は開かないけど裏口から出れるのでご自由に」は大嘘です。ただ、単なる監禁凌辱や殺害が目的ではなさそうです。
さんざん神の不在論を述べながら「真の宗教を見つけた。復活も自在。」と、リード教への改宗を要求します。復活劇にかなりの準備と手間をかけていたので、この点「ミスター・リードを教祖とする絶対なる新宗教への信徒づくり」が狙いでしょうか。しかし、あの家の中だけで管理(監禁)できる人数はたかが知れています。リード教を世に広めようという気もたぶんなくて、「信仰心も含めた精神的支配+肉体的支配がしたいだけ」なのでしょう。
そこも分解してみると、主目的は精神の方かと思われます。他人が何かを強く信じているという状態を打ち崩したい、論破したい、というのがインサイトでしょうか。ぜひひろゆきさんをぶつけてみたいですね。
彼のご高説は熱心な研究に基づくように聞こえましたが、根拠が薄かったり、ネットに落ちている情報のつぎはぎだったり、嘘があったりと、結局ペラッペラだったことが露呈してしまいます。天才型サイコパスと言えば羊たちの沈黙のレクター博士ですが、あそこまでのレベルには至らない似非天才型とでも言いましょうか。論破返しをくらい、必死の準備も失敗し、暴力に訴えるサイコオジサンは、みじめでもあり可愛くもありました。

"Hugh Grant 2014" by Kurt Kulac is licensed under CC BY-SA 3.0 .
胡蝶の夢は何の示唆?
ラストがなぜ蝶なのか、について考えてみます。
劇中でミスター・リードが語った道教の逸話「胡蝶の夢」は、単に荘子の発想がユニークだということではなく、現実も夢も、善悪も生死も、万物は道の観点からみれば等価であるという万物斉同(ばんぶつさいどう)という思想を訴求しています。極端に言うと「神はいる?いない?そんなのどっちでもいいんじゃね?」という思想です。
対決の構図上、無神論VS有神論となっていて、結果無神論が負けたように見えます。敵にさえ祈るシスター・パクストンの姿は崇高で美しく、死んだはずのシスター・バーンズが最後に助けてくれたシーンも「神がもたらした奇跡」のように見え、有神論の後押しをしています。
しかし、脱出できた彼女がその後どうなるかを妄想してみると、その答えはあのラストの蝶が示唆しているように思えます。
きっと彼女は鮮明に思い返すのです。自分が助かるために嘘をついたこと、人を傷つけたこと、DISBELIEF(不信)の扉を選ぼうとしたこと。8人も改修させたシスター・バーンズが避妊をしていたこと…。いきなりミスター・リードのようなサイコパスエイシストにはならずとも、自身の信仰心について再考したのではないでしょうか。
有神、無神、万物斉同、この3つの着地を観る者の解釈に委ねる秀逸なラストでありながら、「それでもやっぱり蝶」が制作側のメッセージかもしれません。
もしくは、
シスター・パクストンが前半あたりで、「死んだら蝶になって、私と分かるように手に止まる」みたいなことを言ってました。最後に助かってあの家を脱出できたのは彼女の妄想(夢)であり、実際はミスター・リードに命を奪われていた…という最悪のバッドエンドの示唆ともとれます。恐るべき脚本ですね。
まとめ
さて、今回感想を言語化してみてなお良い映画だという評価に至りました。
宗教という難しいテーマを扱いつつ、それぞれの立場に敬意と配慮を払いつつ、信仰を持つ人にとってはその信仰心を見つめなおすきっかけにもなり、無神論者にもそれでマンスプるカッコ悪さを気づかせてくれ、ハラハラもドキドキも猥談もトラウマもあって、恐怖や理不尽に立ち向かう姿の美しさに宗派は関係ないこともわかり、続編を意識しない潔さもあり……、
あれ? これ名作だよ!
同じA24のマキシーンシリーズより断然おススメ。ぜひ、信仰を持つ方、強い意思で信仰を持たない方に観ていただきたい一本です(何も考えていない人にはおススメしない)。
知人から聞いた話ですが、海外の一部ホテルでは宿泊者に「信仰を持っているか」と聞き、持っていないと宿泊を断るそうです。信仰心を持たない人は節度やマナーがないと区別されるとのこと。大手ホテル等ではそんな対応はないと思いますが、モンカス回避策としては意外と良い方法だと思います。
でもやっぱり最後はA・ビアス著「悪魔の辞典」からの引用で締めておきます。
RELIGION, n. 【宗教】「希望」と「恐怖」の間に生まれた娘で、「無知」に向かって「不可知」の性質を説明する。
引用:悪魔の辞典/アンブローズ・ビアス 奥田俊介・倉本護・猪狩博=訳
おしまい
※本記事は特定の団体や個人、信教の自由を否定する意図は全くありません。
関連コンテンツ
関連がありそうなコンテンツをいくつか紹介しておきます。
映画:人肉村
2021年公開、カナダ発バイオレンスホラー。宗教とは一切関係ありませんが、監禁支配系で思い出したのがこれです。イデオロギーが無い分胸糞度は高めですが、一番の胸糞は、タイトルに「村」って付いているのに村の話じゃないところ。ただ1点、主人公が昔から監禁されていた女性を助けようとしたときに、その女性がとった行動には超ビビりました。
映画:女神の継承
タイの土着信仰をテーマにしたモキュメンタリーホラー。対悪霊という構図ですが、崇める女神も得体は知れず…一番ラストが一番好きなシーンです。こちらのページで詳しく紹介しています。
漫画:よく宗教勧誘に来る人の家に生まれた子の話
作者本人の実体験漫画。宗教によっていろいろな制限を強いられる子供の視点で、その心情と葛藤を見やすいタッチで描いた良ノンフィクション。1巻で完結するのでサクッと読めますが、破壊力はバツグン。貴重だが表に出したくはないであろう体験を吐露してくれた作者の方の勇気に敬服しかありません。
漫画:チ。-地球の運動について-
知と信仰の誤解と対立を、地動説をテーマに描いたまごうことなき傑作。アニメ化もされました。中世ヨーロッパの拷問シーンがわりとしっかり何度か出てきますが、それ系が苦手な人も得意な人も関係なくとにかく読むべきな全8巻、完結済み。
映画:異端の鳥
2020年公開、チェコ、ウクライナ合作で制作されたヴァーツラフ・マルホウル監督による映画。第二次世界大戦下、ホロコーストを逃れ一人田舎に疎開した少年が、全てを失い広大な東欧の世界を彷徨う物語。行く先々で出会う人々からの凄惨な差別や迫害に晒されながらも生き延びようとする姿を、全編モノクロームで描いています。
タイトルが似ているだけで宗教や信仰とは特に関係ありませんが、迫害の原因を考えれば関係なくはありません。タイトル回収のエピソードが最高にゾッとします。