【SF映画】クライムズ・オブ・ザ・フューチャーは未体験アートパフォーマンスであることは間違いないが一体何映画だ!?クローネンバーグ汁が溢れる未来のトラウマ映画を徹底解剖する!<解説編>
クライムズ・オブ・ザ・フューチャー観ました。1回目は「何じゃこりゃ!?」だったので2回観ましたが、考察脳を多分に刺激する名作でしたので、一部ネタバレありで解説と考察2回に分けて紹介します。
今回は解説編です。
基本情報
クライムズ・オブ・ザ・フューチャー(以降COF)は、ザ・フライなどで有名なデヴィッド・クローネンバーグ師匠の2023年公開の新作。師匠はカナダの映画監督。身体が変容するボディ・ホラーというジャンルの第一人者ですが、ホラー枠にとどまらず一風変わった映画を撮るまさに鬼才。
このCOFは少々複雑で難解なため一般受けしにくそうですが、クローネンバーグエキスあふれ出る未知の映像体験は一見の価値あり。御年80歳でこの切れ味はヤバすぎです。
では基本情報を。
原題 | Crimes of the Future |
監督・脚本 | デヴィッド・クローネンバーグ |
公開年 | 2022年(日本では2023年) |
映倫レイティング | PG12 |
制作国 | カナダ&ギリシャ合作 |
上映時間 | 107分 |
カテゴリ・舞台 | 未来が舞台のSFホラー |
あらすじは公式サイト等で確認いただきたいのですが、ポイントはこの脚本が1999年に書かれていたということ。師匠曰く「世界が様々な社会問題を意識するようになった今こそ世に出すべきと確信した」とのことです。納得。
クライムズ・オブ・ザ・フューチャー予告編動画(1:30)
クライムズ・オブ・ザ・フューチャーって何映画?
ソムリエやLIAR GAMEの著者、甲斐谷忍先生は以前「漫画で大事なのは核となるアイデアを一つにしぼること」的なことをおっしゃってました。あれこれアイデアを詰め込みすぎると複雑になって読者がついてこれなくなる、ということですね。
このCOFはそれに反してアイデアごん詰めな映画です。
分類としてはSFホラーとされてはいますが、設定が未来というだけでメカっぽさやサイバーパンク感はほぼなく、どちらかと言えば有機的。アートとして顔面を切り刻むみたいなトラウマシーンは出てきますが、ホラーと言うほどそれを目的とした映画でもありません。
テーマとしては「人間の進化(変化)に起因する未来の犯罪」なのですが、その状況を描くために設定的にも脚本的にも様々なアイデアが盛り込まれていて、なかなか「〇〇映画」とラベリングしにくい仕上がりになっています。
自分なりの「COFは〇〇映画だ」に到達するため、内容を整理してみようと思います。
クライムズ・オブ・ザ・フューチャーの世界
公式サイト等では「そう遠くない未来」と書かれていますが、何十年後なのか何百年後なのかそのあたりも不明瞭な未来。一般的にイメージされる未来とは少しナナメ上な世界感なので、進化、テクノロジー、アート、イデオロギーの4つの視点で整理します。
1.人体の進化
人為的か自然的かは言及されていませんが、大きく2つの点で人類はすでに進化を遂げており、ここが文字通り肝となります。
ひとつめは、感染症を克服したこと。
人類存続最大の危惧が消え去ったという超重要な設定で、これだけで様々なドラマが生まれそうですが、作中では台詞の中で一瞬しか出てきません。衛生にあまり気を使わなくてよくなったのでハエが飛びがちだとか、無菌・滅菌状態ではない環境での手術、なんてシーンがその状態を表しています。
感染症がなくなると人口が増えすぎちゃうので、戦争・紛争の増加、食料不足による餓死者増、寿命が短くなったり妊孕率が低下したりなど何らか減少調整が働きそうですが、そこはわかりません。あとは避妊具メーカーの株価が下がりそうですね。
ふたつめは、痛みを克服したこと。
これも生活や文化に大きく影響を及ぼす変化です。事故や暴力などの危害への恐れ、言ってしまえば死の恐れが希薄化した世界ということですね。行動が大胆になることで事故死みたいなケースが増え、先ほどの人口調整に貢献しているのかもしれません。痛みは身体への危険を知らせる重要なシグナル、この無痛化は進化と言えるのか?的なことが作中で語られていました。
「痛みは一部の人が夢の中でしか体験できないもの」的な台詞もありました。意味としては知っていても機能しないので「一度は味わってみたい」とみんなが憧れる感覚なのではないでしょうか。拷問、SMプレイ、リアクション芸のない世界…これは確かに賛否が分かれる設定です。
2.テクノロジー
作中には、今の世界で一般的なテクノロジーがあまり出てきません。
トランシーバーのようなもので電話をするシーンがありましたが、スマホやPC、そもそもインターネットの描写は確かありませんでした。モニターもあえてブラウン管になっていて、1999年時の脚本を忠実に再現しているっぽいです。
逆にクセが強めな未来家電がいくつか登場します。
そのうちのひとつが「オーキッドベッド」と呼ばれるもの。寝ている人の身体の状況をモニターし、最適な傾きや圧力を自動調整して快眠をお約束!みたいなベッドです。ただし見た目がエイリアンの寝床のようで、とても寝苦しそうな印象を受けます。機能はハイテクだが、修理や調整はアナログ(人の手)なのはご愛敬。
他にも食事を補助してくれる椅子とか自動手術台などが出てきますが、全部デザインが有機的でキモさ爆発な感じに仕上がっています。これは、バイオミメティクス(自然界の構造や機能を模倣する技術)を突き詰めるとこうなるよ、的な意味で意外と的を得ているのかもしれません。
3.娯楽とアート
今の世で言う音楽ライブやクラブのような感じで、アートパフォーマンスというものを人々は娯楽としているようです。ただし内容は無免許手術などエログロいものが多く、万人向けではなくアングラ臭強め。主人公ソール・テンサーもそのアートパフォーマーの一人。
また、路上で若者が肌を傷つけあっているシーンが複数回出てきます。他にも主人公およびその関連人物との間で傷をつける行為に性的興奮を伴っている描写があります。これがこの時代の性行為のようで、従来のものを「古いやりかた」と表現する台詞もありました。
きっと無痛化が美や性の本能にも影響してしまったと思われます。この点は、正常な人にとっては精神的ホラーかもしれません。
4.イデオロギー
人類の進化を促進させようという一派と、それを良しとしない政府側との対立が描かれています。
まずこの世界には、体内で未知の臓器が育ってしまう「加速進化症候群」という病気があります。政府は「誤った進化は良くない」という名目でこのような病気や臓器を管理し、人類が進化(変容)しないようにしています。本意はわかりません。
ある一派は、手術で強制的に人体の機能を変えようとしています。プラスチックなどの産業廃棄物を食料として食べ、消化できる体です。これは食料不足や環境問題を解決するSDGsで良き活動なのに、なぜか政府は取り締まろうとしています。
おそらく、食料や環境の問題が解決してしまうことで既得権益を失う一部の特権階級の思惑が、政府の方針として偽装されているのでしょう。江戸末期の開国派×攘夷派の構図が近いかなとも思いましたが、この対立自体があまり公にはなっていないのが違うところ。人々の意識がそっち(進化・変容)に向かないように、政府がいろいろ隠蔽しているのです。
世界観まとめ
一部個人的解釈が含まれていますが、まとめるとこうです。
人類が痛みと感染症を克服したそう遠くない未来、人の体は失われた機能を補うように新たな変化を生みつつあった。その潮流を進化として人為的に加速させようとするグループを、政府は弾圧・隠蔽している。加速する本質的な進化から人々の目を背けるため、過激な身体改造ショーを政府は黙認。人々は、無意味なるものに「アートだ!」「アバンギャルドだ!」とキャッキャ言わされている世界。
って感じでしょうか。
ソール・テンサーとは何者なのか
Joost Pauwels, CC0, via Wikimedia Commons
ソール役:ヴィゴ・モーテンセン
世界観が整理できたところで、主人公ソール・テンサーという人物を一部勝手な妄想も含めながら徹底解剖していきたいと思います。サークだけにね!(←COFギャグ)
他にもいろいろ魅力的な人物が登場しますが、やはり主人公に焦点を当てることが作品理解の近道。…というか整理・解説しないと非常に捉えづらいキャラクターなので、初見ではなかなか感情移入しづらく、ラストシーンで巨大な?マークが浮かぶこと請け合いです。
ここからネタバレを含みますのでご注意ください。
基本属性と職業
テンサーは60代くらい?の男性で、加速進化症候群を患うパフォーマンスアーティスト。
加速進化症候群で発生した未知の臓器(腫瘍?)にパートナーのカプリースがタトゥーを施し摘出するというのが彼のパフォーマンス。この病気のせいで喉と食道の調子が悪く、いつも会話や食事がつらそうです。
カプリースは妻ではなく、昔テンサーを手術したという経緯からパフォーマンスのパートナーになったという関係性。ビジネスパートナーとは言いながら、なかば同棲のような暮らしをしていて関係も良好な感じ。
テンサーはこのパフォーマンス界隈ではカリスマと呼ばれています。金銭的に困っている様子もなく、アート面で行き詰まってスランプだったり、若手の台頭に怯えたりみたいなこともなく、体調面以外では問題なさそうです。
裏の顔
わりと序盤で「テンサーが警察と繋がっている」設定がぶっ込まれます。
あくまでもアングラパフォーマンス界隈の情報提供役であり、本職が捜査官というわけではありません(捜査目的であの病気には罹患できないはず)。警察との取引理由として以下の4つが考えられますが、たぶん3でしょう。
- 警察(政府)からの脅迫に屈したから
- 報酬(お金)が魅力的だったから
- アート続けられるなら何でもやる
- ライバルをチクって蹴落とせるから
テンサーが「警察と取引をしてでもアート活動を続けたい奴」であることは見えてきますが、その源泉はよくわかりません。ちなみに政府側は「新臓器(進化の芽)を育てて遺伝させようという活動は厳禁」というスタンスなので、それを無意味なものとして摘出しちゃおうというテンサーのアートコンセプトは容認できるのです。
感情と目的
もともと表情の少ないテンサーに裏の顔があるということで、さらに本音が読み取りにくいキャラクターとなってしまいました。その中でも感情を見せたある場面から彼のアートや生きる目的を考えてみます。
ラストシーン以外でテンサーが唯一と言っていいくらい感情を見せたのは、臓器登録所で職員の二人が内視鏡で彼の内臓をチェックしている時。ウィペットとティムリンがテンサーの新臓器を「美しい」「素晴らしい」とほめたとき、彼はめっちゃうれしそうな表情を浮かべます。新臓器をほめられるとなぜうれしいのか?
これは彼のアート作品をほめられるのと同義だから。
彼は、アートという手段を通じて自己を他人に強く評価してもらいたい欲求が強いのでしょう。加速進化症候群で生まれる臓器は、彼の生活を不便にしつつ自身の命をも脅かす上に、政府からは「間違った進化」とも指摘される無価値なモノ。そんなモノを生み続ける自身も同様に無価値な存在である、と長らく思い込んでいたのではないでしょうか。
パフォーマンスでの称賛そのものが、きっと彼の生きる意味なのです。
ブレッケン解剖で何を思う
なので、ラングから提案されたブレッケン遺体解剖ショーはあまり食指が動きません。ショーが成功しても自分の臓器がほめられるわけではないので。
はじめは警察への協力目的で情報収集をしますが、次第に「ラングの話が本当ならこのショーめっちゃバズるんじゃね?」となり、承認欲求に火がついてショーの実行を決めます。彼の行動原理はあくまでも「どれだけ他人から価値を認められるか」なのです。
ただ、この時点でブレッケンの内臓に宇宙程のアート価値があるかは半信半疑。その証明のために警察を巻き込むことにし、刑事コープに解剖ショー実行の詳細を報告します。これにより政府側の妨害が入ることは予想されますが、そうなったらブレッケンのマジ進化が証明でき、もし妨害が入らなかったらショーとして盛り上げれば良いだけで、どちらに転んでもお得です。なので、テンサーの新臓器ショーと同時開催したいというカプリースの提案は断りました。政府側の妨害が自身の臓器ショーにまで波及するのを避けるためです。
そう、テンサーはおそらく政府側の妨害を想定していました。
当日あんな結果になり何も知らないカプリースは激おこ。ブレッケンのマジ進化は、テンサーの中では真実となりましたが世間的には隠蔽。しかしテンサーのパフォーマー価値をも失墜させる妨害方法だったのが予想外。政府側の妨害が自分にも向けられていたことに衝撃を受け、茫然とするのです。
最後にコープ刑事は、テンサーに政府側の関与をネタバレします。テンサーがラング的な活動に足を突っ込まないよう警告の意味で言ったとしたら、実は優しさですね。
テンサーは政府側の本気度を知り、今後自身がいきなり消されることはないにしろ、今までと同じような臓器ショーはできなくなることを悟ります。「プラスチック消化が可能な新臓器の遺伝が真実であることをテンサー&カプリースは知っている」ということを政府側に知られてしまったからです。
ラストシーンの謎
少し妄想多めでラストの状況を整理します。
テンサーは少し前から「加速進化症候群で生まれる新臓器を摘出せず育てきったらどうなるのか?」という疑問を持っていました。元医者のカプリースが身体に悪影響だと言うので今まで全て摘出してきましたが、本当に無意味で無価値な腫瘍なのかと。新臓器を政府は危険視していますが、ティムリンのように美を感じて称賛してくれる客も一定数います。このことはアート(コンセプト)的な勝ちを超えて、機能的にも意味があるのではないか、というある種願望に近い疑問です。
もし新臓器が有用な機能を持つとしたら、テンサーの内臓および人生の価値は大逆転。アートに頼らずとも意味を持ち、罹患ではなく進化となるのです。しかしこの検証には死のリスクが伴うため、おいそれと実行はできません。
ブレッケンの解剖ショーを検討している頃、ソールの新臓器がいつもより早いペースで生まれました。「創作意欲が高まっているんだ」的なことを言ってカプリースをごまかしましたが、アーティスト特有のひらめきが何かの契機であることを予感したのではないでしょうか。
ブレッケン事件は、テンサーからアート活動=生きる意味を奪い絶望に叩き落す結果となりましたが、一縷の希望ももたらしました。政府が人の進化・変容をやっきになって隠蔽しようとするのは、それが旧体制を脅かす有用性を備えているからで、加速進化症候群で発生する新臓器にももしかしたら有用性・意味・価値があるのかもしれない、という希望です。
テンサーは死を覚悟して新臓器の育成に取り組みます。
体の不調が増すばかりで希望が見えてこないある日、契機が訪れます。テンサーとカプリースは同じ日にずっと憧れていた「痛み」を夢の中で感じたのです。その夢だけではなく、オーキッドベッドがテンサーを放り出したという現象によって、この時代のテクノロジーが解析できない何かがテンサーの中に実ったことを二人は確信し、キスを交わすのでした。
新人類に成れたかどうかをあの紫キャンディバー(常人が食せば死に至る)で確認することは事前に決めていました。カプリースが指輪型カメラでその模様を撮影。比較のためにブレックファースターチェアで通常の食事を行いますが、いつもどうりガックンガックンと補助が発動します。そのまま意を決して紫バーを口に含みます。すると、まあ!なんてことでしょう!ブレックファースターチェアはピタリと補助動作を停止させました。テンサーが紫バーを食べるのは補助を必要としない自然で体に適した食事行為であること=テンサーが新人類であることが証明されたのです。
テンサーは自己の本質を知り、無意味な存在ではなかったことに歓喜するのでした。
ちなみにラストの表情の理由で「政府や世界に絶望して自死を選び生きる苦しみから解放された!やったー!」とか「この紫バー激ウマー!」などは間違いです。ここはテストに出るので覚えておきましょう。
まとめと感想
未来の犯罪というテーマについて、ラング達の人為的な進化の加速が表層的な未来の犯罪として描かれますが、とてもサステナな社会に貢献する良い活動に思えます。「クローネンバーグ師匠の価値観は斬新すぎて受け入れる前に理解が追い付かない!(誉め言葉)」という点はさておき、真に有用な変容を受け入れない旧体制、新しい価値観を受け入れず保守的すぎることも罪ですよ、というメッセージも感じます。
…という点も実はどうでも良くて、この作品は前項で解説したとおり「ソウル・テンサーが本当の自分に気づくまでの道のりを描いた映画」つまり「自分探し映画」であることが本質だと思います。
今の世に生きる我々は、どれだけ「自分が何者なのか」を理解しているでしょうか。
「実は血液型B型だった」「実は両親の本当の子供ではなかった」「実は同性が好き」「実はエルディア人だった」など外的要因である日突然に本当の自分を知ることもありますが、普通に健康的に暮らしていたらそれを意識することはあまりありません。
なのでこのCOFは、自分が何者かについて特に意識していない人よりも、病気や人間関係、性的嗜好などで「なんで自分ってこんな人間なのだろうか」と悩みがある人の方が刺さるかもしれません。ハードMの人がこの映画見たら「そうそう、自分もMに目覚めた時ってこんな感じだったんだよね!」と言いそうです。
「さえない主人公が隠されていた能力(価値)に気づいて世界を救う!」みたいな王道展開にすれば大手シネコンでも多少上映されそうですが、そこはクローネンバーグ師匠「主人公は最初からカリスマで女にモテる設定な!」「価値に気づくまでで世界を救うところはあえてカットな!」と自ら枷をかけて追い込みます。80歳でこのトガり具合「さすが師匠!おれたちにできない事を平然とやってのけるッ そこにシビれる!あこがれるゥ!」に尽きます。
以上、今回は解説編をお送りしました。
まだまだCOFの中には謎が残っているので、次回それらを妄想しまくる「考察編」をお届けしたいと思います。
追伸
映像は最高に美しく、どこを切りとっても絵になりすぎます。(個人の感想)
あと音楽もとても良いです。