【青年漫画】合法な凌辱制度があった時代の悲劇を丁寧に描く「ブラッドハーレーの馬車/沙村広明」は、胸糞三原則をきちんと守っている王道胸糞作品

【青年漫画】合法な凌辱制度があった時代の悲劇を丁寧に描く「ブラッドハーレーの馬車/沙村広明」は、胸糞三原則をきちんと守っている王道胸糞作品

この物語は残酷が過ぎます。

先に言ってしまうと「罪のない少女たちが凶暴な囚人たちに合法的に凌辱され続ける話」であり、特に女性は気分が悪くなりトラウマってしまうこと請け合いです。ただし、そのような胸糞設定なのにエロスや残虐嗜好を作品の目的としていない点が、他とは一線を画す奇作に仕上がっていてウマコンです。

 

基本情報

 

まずは基本情報をどぞ。

  • 作者:沙村広明
  • 掲載誌:マンガ・エロティクス・エフ(太田出版)
  • 掲載時期:2005~2007年不定期連載
  • 単行本:全1巻(全8話)
  • 舞台:20世紀初頭、英国型議会のある西欧のどこか
  • 各話で登場人物が変わるオムニバス形式

 

あらすじ

ある西欧の国、資産4位の貴族院議員二コラ・A・ブラッドハーレーは、全国の孤児院の少女たちを養女に迎え、ブラッドハーレー歌劇団を運営していた。選ばれた少女たちを迎えに来る馬車は、絢爛かつ幸福なる人生への切符であり、憧憬の象徴であった。

しかし、ここにある違和感がある。

孤児院から選ばれる養女の数に対して、劇団でお披露目される新人の数が少なすぎるのだ。消えた少女たちは、ある国家ぐるみのおぞましき制度の犠牲になっていたのだが、馬車を見送った孤児院の仲間たちは、そのことを知る由もない───。

 

作者

作者は、木村拓哉さん主演の実写映画化やアニメ化もされた「無限の住人」の沙村広明先生。

鉛筆や筆等を用いた高い画力によるハードコアなバイオレンスアクション描写が特徴。無限の住人読者であれば、このブラッドハーレーの馬車のような作品が生まれる事については、 沙村 もありなんなのです。

年表整理したので貼っておきます。

ブラッドハーレーの馬車掲載年表

※HANTER×HANTERの作者は、冨樫義博先生です。

 

パスカの祭りとは

この作品の核となる「パスカの祭り」について詳しく説明します。

かつて、多くの死傷者を出した「ヘンズレーの暴動」と呼ばれる刑務所での暴動・集団脱獄事件がありました。国はそのような事態を未然に防ぐため、ある制度を計画しました。囚人たちの性的欲求、破壊欲求を解消させるため、全国の孤児院から少女を買い取り、年に1回彼らに与えるという残酷な制度です。

その制度こそが「1・14計画案」、通称「パスカの祭り」と呼ばれ、貴族院議員ブラッドハーレーが発議し、かつ歌劇団運営を隠れ蓑に実行責任も担っていたのでした。

刑務所に連れてこられた少女たちは「パスカの羊」と呼ばれ、何も知らされぬまま突如、苛烈で絶望的な凌辱を強いられます。「何をしてもよいが殺してはいけない」という制約はあるものの、容赦ない性と破壊衝動の奔流によって、少女たちは2~3日で命を落とすことになります。

この最高に胸が糞い設定ですが、フィクションであり、過去にそのような実話やモデルになったような出来事はありません(たぶん)。しかし、ひょっとしたら実際にあったのかも…と思わせるような細かい設定や、描写の丁寧さが見どころで、引き込まれてしまいます。

 

パスカとは

この作品で言われている「パスカ」が何を差しているかは、具体的に明言されていませんが、おそらくキリスト教正教会における復活祭を意味する「パスカ」だと予想されます。

日本語では「パスハ」と表記されますが、英語(Pascha)、ギリシャ語(Πάσχα)ではほぼ「パスカ」と発音します。この復活祭はイエス・キリストの復活を祝うものであり、信徒にとっては最も重要で喜ばしい日なのです。

このパスハの期間は、みんなごちそうをつくってお祝いします。

地域によって異なりますが、そのごちそうの中にはだいたい羊料理が含まれるそう。これはもともとユダヤ教の記念日、ペサハ(過越)に食べるメニューの焼いた羊肉(犠牲の羊を象徴)、ゼローアからきているものだと思われます。

つまり、パスカの羊とは、年に1度のごちそう・お楽しみ、を意味するものなのですね。

胸が糞い!

 

豆知識:その他のパスカ

まったく作品と関係ありませんが、世の中にあるいろいろなパスカを紹介しておきます。

 

パスカ(パン)

先に説明した復活祭の期間に食べるパンのこともパスカと言うそうです。食べたことありません。

Paska

 

パスカ Passca(交通系IC)

Passcaは、富山県にある富山ライトレールが運営する鉄道、バス等で使えた交通系ICカード。2020年富山地方鉄道との合併にともない2019年には新規発行を終了し、現在はイコマイカ(ecomaica)という名称になっています。

 

パスカ(全国中学・高校制服のリサイクルショップ)

栃木県にある、全国の中学・高校の制服リサイクル販売ショップ。エコですよね。

 

エンターテインメントスクエア 天王寺パスカ(ゲームセンター)

大阪にあるゲームセンター。行ったことないです。

 

各話紹介

ブラッドハーレーの馬車は、この残酷な制度を舞台とした群像劇。全8話をネタバレしすぎない程度でご紹介します。

 

1.見返り峠の小唄坂

柳荘と呼ばれる孤児院から今年選ばれたのはダイアナという少女でした。

ダイアナが馬車で連れてこられたのは、ブラッドハーレーのお屋敷ではなく、ある刑務所でした。訳がわからぬままある部屋に放り込まれると、そこには20人ほどの囚人がおり、地獄の蹂躙がはじまります───。

 

この第1話で、1・14計画案の概要が説明されます。起承転結の結くらいインパクトのある事象なのに、これを物語全体の「起」としている構成は見事です。

この柳荘の先生は泣き方に悲壮感があり、事情を知っていそうです。胸が糞い!

 

 

2.友達

ステラ・コーランがブラッドハーレーの馬車に乗り、羊としてカージフ刑務所に連れてこられて3日がたっていました。

夜、となり部屋のプリシラと壁越しに会話できるのが唯一の救いで、生きるよすがとなっていました。プリシラは、ステラと同じ孤児院で先に選ばれた友達でしたが、羊ではなく所長専属の女として1年以上過ごしているとのこと。

ある夜プリシラから、この地獄の責め苦を一週間こなせば歌劇団に入れるという噂があるから耐えてほしい、という話がありました。ステラはその希望を頼りに何とか生き延び続けましたが、実はその忍耐には別の目的があったのです───。

 

この第2話で、パスカの祭りが約1週間であることがわかります。

また、一つの刑務所には、同時に複数の少女が羊としてやってくるようです。さらに、期間中少女が死んだ場合、その分の囚人が生き残った少女の部屋へ合流します。つまり、耐えれば耐えるほど相手をする人数と責め苦が増大していくのです。胸が糞い!

 

最後のコマ、建物の引きカットになり、ステラの部屋の隣がどうなっているかの構造がわかり、「あっ」となります。

 

3.ある追憶

ある男性、ジョナスの初恋の思い出話として語られます。

農家であるジョナスの家の近くに、「道の辺」という小さな孤児院がありました。ジョナスは、そこにいたフィリパという少女とよく遊んでいましたが、ある日彼女はブラッドハーレーの養女として選ばれ、馬車に乗り込むのでした。

2年後、町の劇場にたまたまやってきたジョナスは、幸運にもフィリパと出会うことができました。数か月後、彼女の初舞台に呼ばれましたが、ステージに彼女の姿はありません。フィリパは、直前の舞台練習時の事故で足を大けがし、舞台に立てなくなってしまったのです───。

この第3話で、ちゃんと歌劇団に入れた少女もいたことがわかります。

パスカのパの字も出てこないので、この話だけ読むと、ある少年の「ちょっと切ねぇなぁ」レベルの初恋話です。ですが、描かれていないフィリパの行く末を我々は容易に想像できてしまうのです! 胸が糞い!

 

4.家族写真

無期刑囚トマス・リンは、マキンバー刑務所に来て12年が経過していました。彼は、7年前からはじまったパスカの祭りに参加はしているものの、いくばくかの罪悪感を感じていました。

ほぼ全ての無期刑囚が祭りへの参加意思を表明する中、入所2年目の元政治記者クリフだけは、「今年も辞退する」と言います。クリフは、少女たちへの罪悪感とはまったく別の理由で不参加を決めており、その理由を少しづつ仲間たちに語りはじめます───。

 

視点が変わり、囚人側の状況が描かれます。

あくまでクリフの予想にはなりますが、この1・14計画案の本当の目的が示されます。しかもそれは、刑務所のクリフへの対応を見るに、かなり本質に迫ったものであったということを理解するのに容易でした。胸が糞い!

 

5.絆

孤児院「炉辺荘」にはじめてブラッドハーレーの馬車が訪れ、ジェンかルビーのどちらかを養女に迎えたいという要請がありました。

同じ日に孤児院へ来て、親友となった二人でしたが、選ばれたのはジェンでした。

ところがお別れのお茶会で、突如全員苦しみ出し、医者が呼ばれました。食あたりには早い季節でしたが、何人か入院するほどの事態です。

やがて皆退院できましたが、医者から、毒物が混入されていたという衝撃の事実が告げられました───。

 

胸糞というより、きちんと悲劇になっていて、この話が一番好きです。それにしても、沙村先生の描く「覚悟した女」の表情は、いつも絶品すぎてふるえます。

 

6.澱覆う銀

刑務所員ケネス・アービングは、ヘンズレー刑務所に異動となり、ある年の祭りの羊の監視役となりました。

担当となったリラという少女は、凌辱の苦痛に耐えかねて何度も自殺を図ります。都度それを阻止していたケネスですが、自死を懇願する少女に情が湧き、苦し紛れで刑務所から逃がす約束をしてしまいました───。

 

ちょっとだけイイ話になりそうな気配がなくもない回です。

ちなみにヘンズレーの所長が、ケネスとの会話でさらっと衝撃の事実を漏らします。「一週間生きたところで毒物処理する用意をしている」だってさ!! 胸が糞すぎる!

 

7.鳥は消えた

ブラッドハーレー歌劇団員として舞台に立つレスリーは、同じ孤児院出身のメイティと再会します。

メイティは別の里親にもらわれていましたが、レスリーの次にブラッドハーレー養女となったマーガレットに会いたいと言い出します。しかしレスリーは、自身の入団後一度もマーガレットに会っておらず、話がかみ合いません。

出自の孤児院とは手紙での連絡しか許されていないため、レスリーは手紙で確認を取りますが、マーガレットは病気で入院中、ブラッドハーレー養女には選ばれていない、との回答でした。しかしメイティが嘘を言っているようにも思えず、レスリーは手紙と贈り物にある仕掛けを施し、真実を探ろうとします───。

 

この第7話で、ようやくブラッドハーレーご本人が登場します。

 

8.馬車と飛行船

柳荘から選ばれたコーデリア・シャーディーは、ある施設に着いたものの、手違いだったらしく別の施設へ移送されることとなりました。

馬車にはマリラというブラッドハーレー家の女性が同乗しており、彼女の話では、激しくなる戦争のせいで最近まともな公演ができていないとのこと。コーデリアは、それでも戦争さえ終わればまた舞台は復活する、と夢を語ります。

その時、敵国の飛行船からの爆弾が、馬車のそばで炸裂しました───。

事情を知りつつブラッドハーレーを手伝う養女、という今までにない立場の人物が登場しますが、彼女を起点に1・14計画案とブラッドハーレー家の結末が描かれた最終回。実は、7話あたりから胸の糞さはなりをひそめています。

 

まとめ

注:まとまっていない恐れがありますのでご了承ください。

馬車のイメージ画像

良きアイデアを活かす良き舞台

やはり面白いマンガはアイデアが秀逸。兎にも角にもこの「パスカの祭り」という制度設定が超強く、ドラマが生まれるのは必然。

自然や神のために人を生贄として捧げることは太古の昔から行われてきましたが、人が人のために人を生贄にするという設定はちょっと新しい気がします。この制度は、行為自体も残酷なのですがそれよりも、きちんとした法制度のもとに行われているというシチュエーションがもっとも残酷で外道で胸糞です。

なんでもありの異世界やヒャッハー世界ではなく、近代西欧という制限のある舞台だからこそ、その残酷性も際立ち、リアリティ爆上げになっていると思われます。波紋法で言うところの「水鉄砲は穴が小さい方がイキオイよく遠くまで飛ぶ!」、虎眼流で言うところの「もし開かんと欲すればまずは蓋をすべし!」ということです。

 

胸糞マンガの三原則

かつて少年ジャンプは、友情・努力・勝利をテーマとしていましたが(今は友情・個性・勝利だとか)、ブラッドハーレーの馬車にはそのひとかけらもありません。もちろん信頼も忠義も感動も救いもハッピーもヒッピーもありません※1。あるのは、胸糞マンガの三原則、利己・暴力・搾取※2です。

利己:既得権益維持が目的

暴力:パスカの祭り

搾取:少女の尊厳と命

トラウマ級の残酷設定ではありつつも、そういうシーンの描写量は意外と少ないので、読みやすい一冊。1巻で完結しますし、オムニバス形式でもあるので(?)、胸糞ビギナーに最適だと思いますよ。

 

※1:6話に少しある。

※2:私個人が適当な思い付きで提唱しているもの。

勝手にマリアージュ

ビールと枝豆、小倉とトースト、ヨーグルトと黒豆レベルでこの漫画に会う曲がコレ。

ポーランドの作曲家、ヘンリク・グレツキさんの交響曲第3番「悲哀のシンフォニー」の第1楽章。テーマ・歌詞とも特に関連はなく、重く悲しくどこか荘厳な音と雰囲気のみでの選出です。ちなみにグレツキさんは、2010年に永眠された現代音楽作曲家。初期の頃はかなり前衛な音で攻めてて好物です。

あわせて見たい・読みたい

関連しそうな作品をいくつか紹介しておきます。

人でなしの恋

沙村広明先生の嗜好が大爆発しているトラウマ画集。和やかな表紙からは想像つかない、女性への苛烈な責め絵がぎっしり詰まった一冊。主に鉛筆で描かれた美麗でエロスで被虐すぎる作品群で、一部の性癖の方にドストライク。

ビジュアルの過激さはブラッドハーレーの馬車をゆうに超える、閲覧にはご注意な、18歳になっていない方は退出的な画集。江戸川乱歩先生の小説「人でなしの恋」とは無関係。

ベイビー・オブ・マコン

こちらの記事でも紹介した、ウマコン監督ピーター・グリーナウェイ先生の、おぞましくも美しい1993年公開R-15映画。

中世イタリアのある町で、「ベイビー・オブ・マコン」という宗教劇が上演され、現実と劇の境界があいまいになっちゃうような話。どす黒い欲とエゴがうずまく精神的にグロテスクな展開でなんやかんやあった末、まさにパスカの祭り的なシーンがあったりしていろいろショッキンGOO!

現在、どの動画配信サービスでも見れないのが残念。

約束のネバーランド

少年ジャンプで連載された、少女が主人公のダーク・ファンタジーマンガ、全20巻で完結。

孤児院で幸せに暮らす子供たちは、あるタイミングに達すると里親にもらわれていきます。しかし実際は食用肉としての出荷だった…という残酷な運命がとてもブラ馬車的。

そんな残酷設定ながら、やはり少年誌だけあってちゃんと友情・努力・勝利展開になっていて良い作品です。ですが、正直はじめの孤児院脱出編までが面白さのピーク。

注目は、フィルという男の子がマンガ史上でも1~2位を争うかわいさを発揮している点で、異論は認めぬぅ!

イキガミ

実写映画にもなった、国家の繁栄のためにランダムで人が死ぬ、間瀬元朗先生による青年マンガ。全10巻で完結済み。

子どものころ全員ワクチン的なものを打たれ、1000人に一人が18-24歳の間にそのナノカプセル的なもので突然死んでしまいます。その死が訪れる24時間前に来るお知らせが「イキガミ」です。狂気です。

大きな目的のために罪のない個人が犠牲になる設定はとてもブラ馬車的ですが、こちらは生きる意味や命の価値などを考えさせられるライトサイド作品。

ラストのオチは衝撃的で秀逸がすぎる。

 

亡霊の檻

1988年のオーストラリア映画、ジョン・ヒルコート監督。心霊的なタイトルですが、そういうものは一切出てこない刑務所が舞台の話。

確か近未来の刑務所で、ある実験が試みられるような設定。その実験とは「囚人に暴動を起こさせる」こと。つまり、どのような、どれくらいのストレスを与えれば人はプッツンしてしまうのかを実践する陰湿なダークムービー。

最後のカタストロフィを逆に静かに見せる点が超クールで印象に残ってますが、DVD化もされず、配信等でも見ることができなくて残念。

おしまいの馬車

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