【SF映画】クライムズ・オブ・ザ・フューチャーは未体験アートパフォーマンスであることは間違いないが一体何映画だ!?クローネンバーグ汁が溢れる未来のトラウマ映画を徹底解剖する!<考察編>
謎の多いクローネンバーグ監督の集大成的トラウマSF映画、クライムズ・オブ・ザ・フューチャー(以降COF)。物語の世界観と主人公の人物像を整理した前回記事<解説編>に引き続き、今回は考察編としてその他残る謎を人物別に整理します。
以降ネタバレが含まれるのでご注意ください。
ブラスチックイーター ブレッケンとその母親
בר ניקונוב, CC BY-SA 4.0, via Wikimedia Commons
映画の冒頭から衝撃の展開を見せつけてくれるブレッケンくんとそのママ。大きな謎はありませんが、細かい部分をいくつか挙げます。ちなみに、冒頭で座礁している大型船は監督曰く「見た目かっこいいから」とのことで特に意味はないらしいです。
「何か見つけても食べないで」とは?
ブレッケンママが海辺で遊ぶブレッケンくんに最初に言い放つ台詞です。はじめは何でも食べちゃうブレッケンくんの体を心配しての言葉かなと思いましたが、違います。「変なものを食べるところを人に見られないように」の意味ですね。
ブレッケンは普通の食事もしていた?
ブレッケンくん、ゴミ箱こっそり食いの前に歯磨きをしていました。一応教育として普通のものを食べ、普通に歯磨きすることをママが躾けていたのでしょう。でも本人としては、プラスチック的なものの方が隠れてでも怒られてでも食べたい、という欲求を抑えきれない状態。これは「本質に従う喜び」というラストシーンの意味と重なります。
なぜブレッケンを殺した?
ママは自分の息子を人間ではない何かと感じ、恐れ、強めのノイローゼを発症したのでしょう。多少の罪悪感はあったようで自首したらしく警察に捕まっていましたが、自分の子供を「化け物」呼ばわりしてましたね。
加速進化の地下活動家 ラング
“Scott Speedman (16097448059) (2)” by Gordon Correll is licensed under CC BY-SA 2.0 .
ブレッケンの死体解剖ショーをテンサーに提案した改造人間ラング。彼の行動にはいくつか強めの謎がありました。
なぜ大事なブレッケンを手放していたのか?
ブレッケンくんは天然ものの新人類で超貴重な存在でしたが、なぜ離婚した妻に預けていたかが謎でした。テンサーによる解剖ショー自体が目的で、あえて息子を嫌っている妻に預けて殺人を誘発したのでは?とも考えましたが、どうしたって生きている方がいろいろな証明ができて有益。
この点はおそらく3つの理由が考えられますが、たぶん3が有力。
- 危険が伴うゲリラ活動から息子を遠ざけたかった
- ゲリラ活動が忙しく子育てどころではなかった
- 天然新人類を増やす活動に邪魔だった
3は妻との離婚理由ともおそらく連動しますが、ラングはプラスチックを消化する新機能が遺伝することが分かったので、より多くの女性との間に子供を作る活動に励んでいたのではないでしょうか。テンサーに声かける直前、路上で女性とイチャイチャスカリフィケーションをしてましたしね。ゲスっすね!
何にせよブレッケンは然るべきタイミングで有効活用しようとしていたはずで、ママによるキルは完全に予想外。冷たい息子に直面した際「人類の未来が…」ではなく「俺の息子…」と嘆くあたりがまだ親心が残っている感じで少しだけホッとします。
警察の追手をなぜ人目につくところで殺したのか?
ラングを追う捜査員が例の紫キャンディバーを食べて死んじゃうシーンがあります。「ラングが尾行に気づいて殺した」「彼が食べても平気な紫バーを普通の人が食べると死ぬ」という重要な証拠を残してしまい、何やってんの!状態です。
捜査員を始末するだけだけならもっと人目につかないところで証拠も残さずできるはずなので、あえてそうしたのでしょう。この理由は次の謎と連動します。
毒バーをテンサーに食べさせようとしたのはなぜ?
ラングがブレッケンの死体をテンサー&カプリースに見せてショーの実行を相談するシーン、彼は食べていた紫バーをテンサーにも「食べる?」と勧めます。
Why!?!?!?!?
ここが最大の謎でした。
ラングの目的はテンサーのショーでブレッケンが天然の新人類であることを広く知らしめることなのに、テンサーを殺してどうすんの?って話です。テンサーは「食べるものは厳しく制限してるんで」と断って事なきを得ましたが、紫バーで人が死ぬことはこれより後にコープ刑事の話で知ります。
これが一つ前のアホまる出しな捜査員始末方法の理由と繫がりました。
ラングは重要な証拠をあえて警察側に提供することで、紫バーを警察関係者を見分ける踏み絵としたのです。つまり、可能性は低いがテンサーが警察と繋がっていることの確認に紫バーを勧めたのだと考えます。そのまま食べようとしたらシロ、変な態度になって食べるのを断ったらクロ、ということですね。テンサーが食べようとしたら直前で止めたのでしょう。
果たしてテンサーはショーの実行を承諾、紫バーリスクを知らなかったことが功を奏しラングは彼を全面的に信用(?)、後日アジトにまで招待しちゃうのでした。
「加速進化症候群罹患者は紫バー食べても大丈夫」とか「テンサーはコープ刑事から聞く前に紫バーが毒であることを知っていた」などの裏考察(妄想)もできなくはないですが、ここは踏み絵案が一番しっくり来ました。
臓器登録所の地味女子 ティムリン
“Kristen Stewart at Berlinale 2023” by Elena Ternovaja is licensed under CC BY-SA 3.0 .
いざとなったら急に大胆な行動をとってしまう内気女子、ティムリン。彼女もなかなか捉えにくいところがあり、少し整理が必要な気がします。
ブレッケン内臓すり替えの意図は?
コープ刑事によると、ブレッケンの内臓を入れ替えたのはティムリンとのこと。これが彼女自身の判断による行動か、政府要請によるものかは明らかにされていませんが、前回の記事でまとめたように後者であると考えます。
ただ、あれだけテンサー推しの彼女がショーを台無しすることは矛盾です。政府から「内臓すり替えをやればテンサーの命だけは助ける」的な脅しを受けていたのかもしれません。加えて、ショーの失敗によるカプリースのポジション奪取をワンチャン狙っていたのかもしれません。
実はゴリゴリの右寄りの右的な女子で「自発的にやった」説もなくはないですが、やはりブレッケン解剖ショーの情報を得た政府側が何もしないのは不自然。政府側としっかりつながっていて「指示に従ってやった」ならまだ納得ですが、コープ刑事の前で内臓アートを熱く語るシーンの意味がわかりません。
結論ティムリンさんは、以下のようなお気持ちであったと考えます。
- 体制派ではない、むしろ内臓進化に興味がある
- テンサーのアートコンセプトに賛同、崇める
- ブレッケン内臓すり替えは政府指示でやむなく
- カプリースのポジションを狙っている
ティムリンの進化賛成か反対かでの行動理由比較
彼女が進化賛成派だった場合、反対派だった場合での行動理由を整理してみました。以下表の行動①の★が説明つかないので、前述の結論(賛成派)に至りました。
行動 | 進化賛成の場合 | 進化反対・体制派の場合 |
---|---|---|
①内臓アートを熱く語る | テンサーをカリスマとして崇めているから本気で好き。 | ★演技(しかしウィペットとコープに内臓好きと思わせるメリットがない) |
②テンサーへの接近 | アート性に魅力を感じての本気、テンサーに切られたい。 | テンサーをいずれ貶めるための作戦。 |
③ウィペットの裏活動を「やりすぎ」と懸念 | テンサーが参加して摘発されたら嫌なので不参加を促す警告の意味で。 | 政府方針に逆らうことなので、まんまの意味で。 |
④ブレッケン内臓すり替え | 政府からの指示で仕方なく+カプリースへの嫉妬。 | 自発的に実行、テンサーの名声にも泥を塗れて一石二鳥。または政府指示により。 |
まあ、人の家にこっそり忍び込んで少年の死体の内臓をすりかえる(かつ偽装内臓には事前にチープな落書きタトゥーを施しておく)場面を想像すると、なかなかなイカれ女子なわけで、ご飯三杯いけますね。
臓器登録所の好事家 ウィペット所長
gdcgraphics, CC BY-SA 2.0, via Wikimedia Commons
政府側の機関に属しながら政府が禁止するモノが好きなヤツ、ということで特に人物的な謎はないのですが、彼が主催する裏活動について考えてみます。
内なる美コンテストとは何だったのか?
内なる美コンテストが臓器コンテストっぽいことは想像つきますが、詳細は語られず話の本筋にも関わってきません。ただバレたら捕まる的な活動らしいので、テンサーたちの公開手術よりももっとヤバい内容のはず。とはいえ、名前からはそんなに過激な内容は想像できません。
これ実は、そういう好事家が集まりそうなコンテストを隠れ蓑にした反体制派の集会であると考えます。
当然趣旨は人類進化の加速であり、政府が弾圧するラング一派とも繋がりがあることが予想されます。というか主催者=ウィペットということから、ラング一派のボスが彼である可能性も大アリのアリ。政府側の機関に反体制派ボスが潜んでいるなんてまるで必殺仕事人の中村主水のようなもの、灯台元クライムズですね。
テンサーは勧誘されても「別に…」的な感じでした。内なる美コンテスト=反体制派集会であることは知っていたはずですが、そこへの潜入=危険を冒してまで警察に協力するかを考えていたのだと思います。これより前にブレッケン情報も得ていたので、政府による進化隠蔽の理由「間違った進化は人類にとって危険だから」に疑念を持ちはじめたのではないでしょうか。
誰だったんだランキング1位 ナサティール博士
ちょっとだけ登場して、テンサーのお腹にジッパーを取り付けた後、あっさりと暗殺されてしまったナサティール博士。彼は何者だったのでしょうか。
なぜ殺されたのか?
テンサーは、例の耳男パフォーマンス会場で女性アーティストから「ナサティール博士を訪ねるべき」と情報をもらい、博士を訪問。そこで博士から確か「内なる美コンテストに出るのかい?」的なことを聞かれました。前項で書いたとおり、コンテスト関係者=反体制派としてテンサーが後日警察に報告したため、暗殺されてしまったのでしょう。
お腹ジッパーはおまけみたいな事象ですが、これによるカプリースとの絡みがこの映画で一番好きなシーンです。
「興奮して内臓こぼすなよ」
は名言です。
テンサーのパートナー カプリース
Susanne Erler, CC BY 2.0, via Wikimedia Commons
テンサーとアートパフォーマンスを企画・実行するパートナー、カプリース。
テンサーの健康が心配だとして生えてくる臓器は摘出すべきというスタンスだったので、政府側の監視役かもという考えがよぎりました。しかし、全編通してあの献身的な付き添いぶりを見ているとその可能性は低そうです。
テンサーがブレックファスターチェアで苦労しながら食事をした後、カプリースが一人キッチンで食事するシーンがあります。食事が苦痛であるテンサーに気を使い、彼の目の届かないところで食べているとしたらもう愛ですよね。
ブレッケンの解剖で何を訴えていたのか?
彼女について大きな謎はないのですが、ブレッケンの解剖ショーですりかえ内臓が露わになった際、何を訴えていたのかがよくわかりませんでした。
おそらく事前にどんな内臓だったかは内視鏡で確認していたと思うので、「中身が違う!」ってことはあの場ではじめて気づいたのだと思います(すりかえが事前に分かっていればショーを中止したはず)。で、この状態を「(進化隠蔽のために)誰かに妨害されたんです!」と訴えていたのか、もともとそうであった(ひどい親が子供を殺して内臓に落書きタトゥーまでやった)としてなんとかアートパフォーマンスの体裁を保とうとしていたのかが、よくわからなかったです。
「無意味の中に意味を見出すのがアート!」みたいなこと言っていたので後者でしょうか。ちょっと苦しい説明ですが、蛮行にもアート性は内在する的な? ここはDVDかブルーレイ出たら買って再確認してみようと思います。
まとめ
以上、今回は人物別の考察編をお送りしました。ちなみにコープ刑事とライフフォーム・ウェアの女殺し屋コンビは特に謎ありません。
クローネンバーグ師匠はボディホラーの第一人者であるわけですが、このCOFは嫌悪感や恐怖を誘う身体的変容シーンはほぼ出てきません。ではこのCOFにボディホラー要素がないかと言えば否、断じて否。従来の目に見える表層変容から逆に目に見えない体内変容という新しい解釈に取り組んだ、まさにボディホラー進化へのチャレンジなのではないでしょうか。
クリエイティブに携わる人にとって積み上げたスタイルを変化させたりリビルドするのは、なかなか勇気のいることであろうと思われます。スタイルが変わったから「期待と違った」ではなく、まだ見ぬ感動への道(未知)を切り開いてくれて「期待しかない!」なのです。
それでは最後に以下監督のお言葉で締めます。一般的な映画体験に飽きた方には超お勧めのCOFでした。
他の人が研究する時間がなかったり、研究しようと思わないことを、私は追及し作品にしています。
クローネンバーク監督インタビュー:クライムズ・オブ・ザ・フューチャーパンフレットより
超カッコイイ、イヤーマン(耳男)本編動画(1:32)
おすすめ・関連作品
関連しそうなコンテンツなどを紹介しておきます。
ウマコン過去記事
COFの世界では感染症がないので身体改造がとても捗ります。顔面スカリフィケーションやイヤーマンなど未来の身体改造がカッコイイです。上記の記事は、ケロッピー前田さん翻訳による身体改造本「モドゥコンブック」を参考にした身体改造用語集です。
台湾のボディホラー映画「哭悲」レビュー。ここ最近のボディホラー系では面白かったやつです。ウイルスにより人が狂暴化するというありきたりな設定ですが、感染者には記憶もあり言葉もしゃべれて意思疎通できるのがポイント。ちなみにこの作品の監督もカナダ人。
青年漫画「BLACK BRAIN」サガノヘルマー
鬼才サガノヘルマー先生による、SFラッキースケベバトルボディホラー漫画。ヤングマガジンで連載、1997年完結で全10巻(電子は全5巻)。ぶっ飛んだ設定とプレイがマニアック過ぎで、現代なら炎上必至の衝撃の問題作。未来人類のガジェットがジメっとしていて有機的で、COFの未来家電にとても近いものがあります。またいずれ詳しく取り上げてみたいと思います。
奇想漫画「はらきり」駕籠真太郎
「はらきり」は、鬼才駕籠真太郎先生による短編漫画作品で、マンガ・エロティクスFに2003年に掲載されたもの、単行本「奇人画報」に収録されています。女子高生の間で切腹が大流行した世界を描いた青春内臓ブラックコメディ。勇気がなくてなかなか思い切ったはらきりができない女の子に、友達があの手この手でサポートをする、ほっこり青春切腹もの。
「知ってる?今カメラ付きナイフって出てるんだよ 『写きーる』ってゆーんだ」
成年漫画「ブリード」SABE
以前の記事(阿佐谷腐れ酢学園)で取り上げたSABE先生の短編漫画作品で初出は不明、単行本「ブルマー1999」(アダルト注意)に収録されています。地球環境の修復のため人口削減政策が布かれ、自由に子供を作れなくなった未来が舞台。性的に不完全な人間しか生まれなくなった世界で子供を望むカップルの試練、未来のセックスを描いた、エロマンガの枠に収まりきらないある意味SFホラーな隠れた名作。
映画「エヴォリューション」
成人女性と少年しかいない島で、謎の医療行為が密かに行われている──。遠い未来か異世界のような暮らしからじわじわと不穏が広がる、静かで美しい孤島スリラー。COFと雰囲気似てますが、説明はより少なめなので謎感はより深いです。
フランス、スペイン、ベルギー共同制作で2015年公開の映画。監督のルシール・ハジハリロヴィッチさんは、ギャスパー・ノエの奥さん。
映画「ジェーン・ドウの解剖」
2016年公開、アメリカの遺体安置所解剖ホラー。謎の惨殺事件現場から全裸で見つかった身元不明の女性の死体を検死解剖する話ですが、解剖が進むうちに不可思議な現象がいくつも起きて超コワい! 何より解剖される死体のクオリティがリアリティありすぎて(COFの解剖シーンの約10倍)ヤバい逸品です。