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医療はサービス業か否か? 人と死の在り方を問う(かもしれない)ドキュメンタリー映画「人体の構造について」の解説と感想

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医療はサービス業か否か? 人と死の在り方を問う(かもしれない)ドキュメンタリー映画「人体の構造について」の解説と感想

ドキュメンタリー映画「人体の構造について」の感想と解説記事です。パンフレットの情報がないと「よくわかんない…」で終わっちゃうこと請け合いなので、そのあたりも補足しながら紹介します。

一部ネタバレを含むのでご注意ください。

基礎情報

はじめに基礎情報です。

ャンルドキュメンタリー
制作年、国2022年、フランス・スイス・アメリカ合作
原題De humani corporis fabrica
監督ルーシァン・キャステーヌ=テイラー
ベレナ・パラベル
レーティングPG12
公式サイトhttps://transformer.co.jp/m/jintai/

内容は、フランスの複数の病院で手術シーンなどを撮影したドキュメンタリー。ストーリー的なものはなく、いろんなシーンをつなげたパッチワーク型。

普段は絶対に見ることができない生々しい人体の内側と、過酷な医療現場の内情を捉えた貴重性が特長。特に解説やナレーションは無いので、メッセージは観る側サイドで感じ取らねばなりません。多少ショッキングなシーンはありますが、ホラー大好き諸氏には涼風程度でしょう。

2名の監督はどちらもハーバード大学の人類学者で映像作家。本作が監督としての長編作品の4作目となりますが、いずれもドキュメンタリー作品です。

予告編動画

感想

「ゴアとか胸糞とかハードコアを嗜む者としてとりあえず本物は見ておかねば!」という謎の使命感みたいなものが映画館へ足を運んだ(不純な)動機です。

予告などで人体の神秘云々と謳っていたので、勝手にNHKスペシャルのような、映画なら「素晴らしき、きのこの世界」のような感じかと想像していました。実際は映画「人間機械」や「いのちの食べかた」タイプで解説などはなく、主軸も医療従事者側でしたがこれはこれで好みです。

感じたことを簡潔に記します。

  • 貴重な手術シーンが見れてありがてえ
  • 貴重な死体シーンが見れてありがてえ
  • 余計な説明ないのは好み
  • お医者さんって大変
  • 最後は「何見せられてんだ?」と混乱

最後のシーンが謎すぎました。

以下ネタバレです。




ラストシーンは患者や手術のシーンではなく、なぜかお医者さんたちがお酒とEDMでパリピっているシーンになります。途中から映像は10分くらい?その部屋の壁画(病院スタッフの似顔絵をベースにした卑猥なイラスト群)をゆっくりパン。映画はそのまま終了となり、訳がわかりません。

パンフレット購入をヨギナクサレました。

解説

パンフレットでいろいろなことが分かりました。というかパンフレットなしには分からないことが多すぎだったので、その情報をもとに2点だけ解説します。

廊下のシーンはどういう意味ですか?

映画のオープニングで犬を連れた警備員がどこかの通路(廊下)を巡回するシーンがあります。壁にやんちゃな落書きがあったり動物がいたりと不衛生な感じですが、あそこはまぎれもなく病院の廊下だそうです。

ジャーナリスト村上和巳氏の解説によると、日本の病院は8割が民営だがフランスは7割が国営。自由診療制度がないため難易度の高い治療も各地域病院でこなす必要があるうえ、効率化の名目で予算削減の影響(=医療従事者への負担増)を受けやすい。

当然患者への対応の質も下がり2019年に起きた暴力事件を契機に、約4割超の病院(救急科)で医療従事者のストライキが起きる事態となりました。そのような暴力沙汰等に備えた警備強化があのシーンの背景になります。

監督のコメントによると、病院の廊下は外すことのできない場所とのこと。

良いものも悪いものも含め多くの人とモノが行き交う病院の廊下を撮影することは、この循環システムとそれが可能にする相互依存ネットワークを可視化するために重要。病院を生き物と見立てた場合の内臓(循環器)である、という視点らしいです。

ラストシーンはどういう意味ですか?

パンフレットとネットで調べた情報で解説します。

まず、あの卑猥なウォールアートで埋め尽くされた部屋はサル・デ・ギャルド(Salle de garde)と呼ばれるもので、撮影した病院にたまたまあったのではなくフランスの病院には昔からよくある場所のようです。

直訳すると警備室ですが、役割的には当直医が待機したり食事をしたりする場所(オンコールルーム)。映画にもあったように勤務時間外にはパーティーなんかにも使われるのでしょう。主に利用するのはインターン生とそのゲストで、以下のような独自ルールがあります(破ったら罰金などの罰が科せられる)。

  • 医学、宗教、政治に関する会話禁止
  • コルク栓抜きの使用禁止
  • コーヒーが置かれる前の喫煙禁止
  • 拍手禁止 など

この部屋の歴史は古く、11世紀ごろに理髪外科医(今はない理髪師と外科医を兼ねた職業)が病院に常駐する必要があったことから始まっています。ただ現在は、治外法権的なこの空間を快く思わない病院経営側の判断によって消滅しつつあるようです。

壁面を卑猥な風刺画で埋め尽くす理由は不明ですが、こちらの記事によると次のような解説・考察がなされています。「あの部屋は病院内にうずまく悪や死から医者を守る(apotropaic)役割、なので死に対抗するために反対である生命力の象徴(生殖器やセックス)を描く必要があったのでは。(要約)」

ダンスイメージ
イメージ

医療従事者が卑猥イラストで埋め尽くされたヤバめの地下クラブのような部屋(病院内)で酒を飲んでパリピる姿は、日本人からすると衝撃的です。ですがあれくらいせねば解消されないほど、命と死を扱うストレスが大きいと解釈すれば納得もできます。

まとめ

まとめます。

好きではないが良き映画

普段見ることができない医療の内側(現場の本音)と人体の内側を捉えた希少性は特筆。癌細胞の顕微鏡写真はピンクが鮮やかで美しく、それを投影しながら議論する医師たちのシルエットが重なるシーンなどはアート性さえ備えています。

ソフトを買いたいと思うほどの衝動は生じませんでしたが、一見の価値はある良き映画系のひとつではないでしょうか。ただし「人体の構造について体系的に学びたい」という期待にはあまり応えられない作品です。

ちなみに手術動画だけであればYouTube探すと比較的容易に出会えます(ただしYouTube許容レベル)。

医療に寛容を

日本では具合が悪くなったら気軽に医療を受けられますが、これはとても幸せな環境です。多大なストレスを抱えながら業務にあたる医療従事者の皆様に、あらためて感謝申し上げます。

な・の・で、グーグルマップで医療施設に過度な誹謗中傷コメントを書き込んだりするのは止めましょう。病院はホテルじゃないし、誹謗中傷と批判は似て非なるものだし、わがままと自由をはき違えているのも気分悪いですし。 

病院で多少不快な場面に遭遇しても、「ぜんぜんいいよ、ありがとう」と思えるようになる映画でした。

おしまい

関連コンテンツ

関連するかもしれないコンテンツを紹介します。

漫画:ブラック・ジャック

手塚治虫先生の「ブラック・ジャック」は、天才的な外科医ブラック・ジャックが主人公の医療漫画(1973年連載開始)。彼は法外な治療費を要求するものの、どんな難手術も成功させる驚異的な技術を持っています。人間の生命や倫理、医療のあり方など、深く考えさせられるテーマが数多く含まれており、医療漫画の原点にして頂点かつ金字塔。

漫画:ブラックジャックによろしく

ブラック・ジャックの約30年後に登場した佐藤秀峰先生による医療漫画、テレビドラマ化もされました。研修医・斉藤英二郎が主人公で、医療現場の問題点にかなり鋭く切り込んだ傑作。モーニングで連載していましたが、途中からビックコミックスピリッツに移籍。ストーリーやキャラなど手塚版BJとの関連性は一切ありません。

内容もさることながら、特異な点としては二次利用を自由化したこと。いろいろ事情はありましたが漫画業界の問題点にまで切り込むなんて、さすが佐藤先生!おれたちにできない事を平然とやってのけるッ そこにシビれる!あこがれるゥ!

テレビドラマ:キングダム

「キングダム」はデンマークが産んだ鬱番長ことラース・フォン・トリアー監督による1994年~放映のテレビドラマシリーズ。デンマークの国立病院を舞台にした、ホラーとコメディが融合した日本じゃ絶対生まれてこない独特なナナメ上作品。

2023年に25年ぶりの続編かつ最終章「エクソダス」が5時間を超える映画として公開され話題に。旧シリーズもまとめて劇場公開され、ぶっ通しで観たせいで腰がエクソダスったのは記憶に新しい。美男や美女は一切登場せず、スピ系曖昧おばあが巨大病院を駆け巡るとか控えめに言って最高。日本の映画ももっとこんな…(略)

映画:人間機械

病院関係ありませんが、超過酷な労働環境をそれでも美しく魅せる説明なし系ドキュメンタリー映画(インド2016年公開)。インダストリアル系が好きな方はサウンド面も楽しめますが、後味の鬱さは折り紙付き。こちらの記事で紹介しています。

  • この記事を書いた人

ミシリー岡田

やっかいなクズ。人見知りなダニ。友達はいない。声のでかい奴と人ゴミが嫌い。前職:飲食店(夜)。

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