【SM漫画】抜けかけM男の葛藤とは?くだらない世界から放置されるやされざるや!「夕方のおともだち/山本直樹」を読んで人の順応力とSM度の相関を考察してみた話

【SM漫画】抜けかけM男の葛藤とは?くだらない世界から放置されるやされざるや!「夕方のおともだち/山本直樹」を読んで人の順応力とSM度の相関を考察してみた話

ホラーでもグロでも胸糞でもありませんが※1、とても印象に残っていて好きな漫画をひとつご紹介します。

エロで有名な山本直樹先生の漫画『夕方のおともだち』です。

※1 嘘でした。少しグロいところがあります。

 

基本情報

基本情報です。

作者:山本直樹
ページ数:前編・中編・完結編の3話短編、計86ページ
初出:ビックコミックスピリッツ増刊、1995年
舞台:いるか市という架空の地方都市、現代
収録単行本:フラグメンツⅠ(小学館)、夕方のおともだち(イースト・プレス)
映像化:2022年、廣木隆一監督により映画化

 

別の出版社から別の単行本が発売されてますが、同じ作品が収録されています。版型はフラグメンツの方が大きく(確かA5)、イースト・プレスの方がB6。ただしイースト・プレス版の方がカラーページ(4ページ)を再現しています。

「夕方のおともだち」というタイトルは、キャロル・キングのYou’ve Got a Friendからではなく、そのタイトルだけ借用したダディ竹千代&東京おとぼけCATSの「夕方フレンド」という曲名からとのことです(しかも曲名だけを知り、曲自体は聞いたことがなかったとのこと)。

 

2022年実写映画化されましたが、まだこれは見てません。
映画「夕方のおともだち」予告編

あらすじ

前編、中編、完結編の3話からなる短編。一部ネタバレありで紹介したいと思います。

 

前編

とある地方都市「いるか市」の水道局で働くヨシダさん(30歳独身)は、実は筋金入りのハードM。町に1件しかないSMクラブに毎日通って、ミホ女王様の容赦ないお仕置きを受けています。ヨシダさんがSM通いしていることを職場の同僚たちは知っていましたが、超のつくドMであることは知りません。

そんなヨシダさんの最近の悩みは、以前ほどプレイが楽しめなくなってきたこと。

 

引用:夕方のおともだち/山本直樹  左:ヨシダさん、右:ミホ女王様

 

SM店の店長は、「SMなどの異常行動は心の歪みを治す自己治癒プロセスみたいなものであり、ヨシダさんはお仕置きでそれが癒されてMが必要なくなってきたのでは」と言います。

ある夜職場の同僚トミ子さんがヨシダさん宅にやってきて、ヨシダさんが好きであることを告白しました。トミ子さんの気持ちも自分の悩みも「ひとりよがりのワガママ」だと思ったヨシダさんは、自身の過激な性癖を見せつけてトミ子さんを拒絶するのでした。

 

中編

ヨシダさんは、たまにある夢を見ます。

ぎりぎり息ができる深さで海に沈められての放置など、自分のMを目覚めさせてくれた伝説のユキ子女王様からのお仕置きの夢です。ユキ子女王様は、ヨシダさんが出会って3カ月くらいで消息不明になっていました。

ヨシダさんは、ミホ女王様と店外で普通のカップルのような行為をしてみましたが、M性が衰えてしまったことの空虚感は埋まりません。そんな折、ユキ子女王様が選挙のウグイス嬢として働いているところを偶然ヨシダさんは見かけます。一度だけ会って話がしたいと懇願し、会う約束をとりつけました。

 

完結編

ユキ子女王様は、もう女王業を辞めていました。

自身の止まる所を知らないS性と、それを受け入れ続けたヨシダさんのM性によって「いつか本当に殺してしまうのではないか」という恐れが失踪した理由でした。選挙活動にも影響するのでもう関わらないでほしいとユキ子女王様は言いますが、ヨシダさんは引き下がりません。もう一度だけお仕置きをしてほしい、死んだってかまわない、と。

ユキ子女王様は「そんなに死にたいか」と静かにつぶやき、一度だけ女王に戻ることにしました。果たして伝説のお仕置きとは? ヨシダさんはMの悦びを取り戻せるのか?

 

トラウマポイント

全体的には静かに展開していくのですが、急にメーターが振り切れる激しさがたまにありそのギャップも好きです。人によってはトラウマになりかねないので、なかなか実写化の難しそうな3つのエクストリームシーンを紹介しておきます。

 

ヨシダさん自分の性癖をトミ子さんに見せつける

突然告白してきた職場の同僚トミ子さんを拒絶するため、ヨシダさんは自分の過激な性癖を見せつけることにしました。割ったガラス瓶を使って自身の体を激しく傷つける、自身の大便をモリモリ食す、など常軌を逸したセルフプレイによって当然トミ子さんは逃げ出します。

その時の表情がこれ。

夕方のおともだち前編_逃げるトミ子さん

引用:夕方のおともだち/山本直樹

ヨシダさん、パねぇっす。

 

ヨシダさん背中の傷が化膿し膿がたまる

ヨシダさんの背中の傷(プレイでのもの)が化膿し膿がたまってしまいました。新人のバイト女王様が研修としてヨシダさんを調教しましたがその最中、化膿した部分を踏みつけるとムリムリッと大量の膿が噴出します。その匂いは、ファッション感覚で入ってきた新人女王様を容易に退店せしめるものでした。

淡々と「最後に血を吐いてましたね。」のヨシダさん、パねぇっす。

引用:夕方のおともだち/山本直樹

右はSMクラブの店長。

 

ヨシダさんユキ子嬢様からお仕置きされる

ラスト、伝説のユキ子女王様の容赦なさすぎのハードコアなプレイが展開されます。あまりに痛々しく過激な調教描写は文字にするのも憚られるので詳しく書けませんが、死の絶望の臭いがするレベル。何が怖いって、ユキ子女王様のスイッチが入る瞬間が一番怖いです。

 

↓これが、

引用:夕方のおともだち/山本直樹

 

↓こうなりますから。

引用:夕方のおともだち/山本直樹

ユキ子女王様、パネぇっす。

 

好きなところ

この作品の好きなポイントを書きだします。

 

夢の中の様な空気感

これは絵から受ける個人的印象です。

細いキャラクター線と粗いトーンの背景とのギャップ、実際は遠くにある背景の方が繊細であるはずなのにガサっとしている…この処理が夢の中のような感じなのです。これは他の山本直樹作品にも共通する空気感です。作品によっては話自体も夢のような展開のものがあり、それに拍車がかかります。

 

キャラクター造形

主役のヨシダさん、準主役のミホ女王様ともにイケメン・美人ではない点がリアリティあって好きです。ルックスアドバンテージがない二人ではありますが、一途さ、したたかさ、所作及び主義の可愛さ、弱さなどの魅力があり、十二分に共感することができます。

 

予測のつかない展開/直感描写

あとがきから得た情報ですが、「聞いたことない曲の曲名をタイトルに」とか「選挙を絡めた理由を思い出せない」など、山本先生は設定や構成・展開に直感を取り入れることが多いような印象を受けます。この作品はまだきちんとしている方ですが(ビックコミック編集力?)、他の作品だとけっこう突拍子もない展開が多いので、凡百の「どこかで読んだことあるなぁ」感がなくて、結論山本作品全部好きです。

 

まとめ

作品自体の考察ではありませんが、このマンガを読んで考えたことは「人の慣れとSMの関係性」です。

どこかの大学の研究で「人には幸や不幸の感覚が時間とともに薄れる=慣れるプログラムが備わっている」ということがわかったそうです。異性との別れや肉親の死など不幸な出来事がいつまでも慣れないとすると、ずっと気分最悪の生きる気力ゼロ人間だらけになり種として滅びてしまうからです。とても重要なプログラムですが、結婚などの幸福度も同じように慣れてしまうのが弱点です。

ここから私見ですが、きっとそのプログラム(順応度)にも個人差があって慣れやすい人と慣れにくい人がおり、そこから関連する性格や指向からなんとなくSM度がわかるのではないかと思いました。

超ざっくりで表にまとめてみました。

  慣れやすい人
順応度高い
慣れにくい人
順応度低い
生物学的に 強く多い 弱く少ない
幸不幸の感じ方 不幸をひきずらず
幸せは持続しない
不幸をひきずり
幸せも持続
ビッグ5理論で高い指向 ・外向性
・協調性
・誠実性
・神経症傾向
・開放性
キーワード 鈍感/さばさば/あきっぽい/諦めが早い/人に親切 多感/繊細/熱心/執着/怖がり/自己中心的/依存
SM度

ドN…いろんな嗜好に手を出すが長続きしない(自称のみで行為による快感を得てないフェイクS&Mはこっち)

ドMドSも被虐や加虐に慣れないからずっと嬉しくて楽しくて快い…というかドHもライトも含め何等かの性的な嗜好が長く続く人はみんなこっち

…ということで

SM度と順応度は関係ない

ことがわかりました。

はじめはS=強者というイメージから、生物学的な強さと連動して「順応度高い方がSでは?」と思っていましたが、「鈍感」「あきっぽい」なんて女王様にはまず当てはまらないキーワードです。

 

多くの人は感情や刺激に慣れるという性質を持っているので、痛みや被虐も繰り返すと慣れてくると思います。ドMさんがプレイにはまるのは、「痛みに慣れたから平気」ではなく「痛みが快感だから」という理由が多いはず。これは痛み(刺激)に対して極度に慣れにくいからこそβ‐エンドルフィンが出やすい・出続けやすい体質である、と考えると説明がつきそうです。

※β‐エンドルフィン:脳内で働く神経伝達物質の一種。鎮痛効果や気分の高揚・幸福感などが得られるため、脳内麻薬とも呼ばれる。

 

根拠はありませんが、β‐エンドルフィンが出やすい体質、どういうタイプのストレスで出やすいかという性質は、やはりその人の遺伝子として生来デザインされていたものだと考えます。後天的な体験でMに目覚めたという話も聞きますが、その体験でスイッチがONになっただけでもともとその機構(資質)は備わっていたのでは、ということです。

 

2つ見えたことをまとめます。

SとMは対極ではなく表裏一体

順応度というひとつの評価軸において同グループだったという点だけで語ってますが、優れた女王様はMの求める事を察して調教する=SはMの奴隷なのでは、という捉え方は昔からあるので、それの補強の一つになった気がします。それに、磁石のS極とN極ってくっつきますよね。そういうことです。(?)

 

SMは先天性偏愛共依存

適当に考えましたが、何か最近の病んでる系アーティストの曲のタイトルっぽいカッコいいネーミングができました。
先天性の体質・性質であること、相手がいて成り立つこと、嗜癖に偏りがあることを表そうとしたのですが、けっこうしっくり来ます。別案は「SもMも遺伝子の奴隷」でした。

 

SM体質の人は共依存度が高いとすると、その慣れにくい側は「孤独が苦手」、逆に慣れやすい側は「一人でも平気」とも言えるでしょう。そして死は最大で永遠な孤独。この作品は「癒しと愛の物語」と言うより、絶対的に回避しなければいけないもの(死や孤独)を絶対的に崇拝する依存相手から求められる事の葛藤を描いたもの、と捉えるとわかりやすいのではないでしょうか。

最後のヨシダさんの選択は、ぜひ漫画でお楽しみください。

 

おしまい

 

※SMの世界は幅も奥も広すぎる深淵の嗜好です。この記事で書いていることは一つの仮説として捉えていただき、鵜呑みしないようにしてください。

 

フラグメンツ 1

フラグメンツ 1

 

フラグメンツ 1
▼第1章/雪子さん ▼第2章夕ごはんから朝ごはんまで ▼第3章1節/料理屋の息子 前編 ▼第3章2節/料理屋の息子 後編 ▼別章1節/夕方のおともだち 前編 ▼別章2節/夕方のおともだち 中編 ▼別章3節/夕方のおともだち完結編

合わせて見たい・読みたい

関連しそうな作品などを紹介しておきます。

 

漫画:ありがとう

山本直樹先生の作品、完結済み全4巻(上下巻のワイド版もあり)。理不尽うずまき倫理が崩壊する極限下での家族愛を描いたトラウマ名作。

父が単身赴任から帰ってきたら、マイホームが不良グループのたまり場になっていたという衝撃展開が物語のはじまり。母はアルコールで現実逃避、姉はクスリと性の奴隷、妹は籠城、さてどうする父よ?

 

漫画:殺し屋1(イチ)

山本英夫先生の漫画作品、完結済み全10巻(新装版や文庫版などいろいろあり)。殺し屋という題材ながら謀略やアクションといった一般的な方向性とはまったく異なる思想で描かれた唯一無二で伝説の高純度SM暴力マンガ。

暴力と痛みとSMの壮大なる哲学書でもあり、そこに愛の真理も描かれたりしています。当サイト内で紹介済みです。詳しくはこちら

 

ルポ:マゾヒストたち 究極の変態18人の肖像

こちらの記事でもご紹介した、よろず研究家松沢呉一先生による18人のドMさんへのインタビューをベースとした貴重なルポルタージュ。廃刊になったSM雑誌スナイパーEVEで連載されていた記事をまとめた文庫になります。

馬になりたい男、ヤプーズマーケットのエリート奴隷、盲目のマゾ、2億使ったM重鎮など様々なマゾヒストたちの目覚めのきっかけや、こだわりの悦びポイントが紐解かれます。読めばきっと、人間という生き物の奥深さを知ることができるでしょう。

 

過去記事:人が眠る理由を解明!?トラウマなコンテンツはあなたの心を強くする!?

これは2018年に書いた記事ですが「人には心という生体器官が実際にあり、トラウマ体験などのストレス等によるダメージと睡眠などによる治癒の繰り返しでストレスに慣れる=心が強くなるのでは」という妄想をだだ漏らしただけの内容です。今回のまとめで書いた「人は時間で幸不幸に慣れるプログラムがある」と同じことを言っていたような気がしますね。