「蔵六の奇病」は作者の全身全霊が込められた傑作トラウママンガ/日野日出志
日本を代表するホラー漫画家、日野日出志大先生の代表作でありトラウマ名作「蔵六の奇病」を、テーマに上げるか上げまいか迷いました。超有名で、散々語られ尽くされてますからね。
小学校の授業に「ホラー」という科目があったら、絶対教科書の一発目として採用される作品です。
先生「じゃあ今日は、岡田さん、教科書の20ページ目から読んでください」
岡田「はい……やがて くる日も くる日も 狂気じみた暑さがつづくころ……蔵六のでき物に無数のウジ虫がわきはじめた 森の中には はき気を もよおすような異様な悪臭がただよい……風のつよい日には……風のつよい日には……う……ロッパーーー!!」
松田「先生!岡田さんがゲロりましたっパーーー!!」
円間「先生!松田さんがもらいゲロりましたっパーーー!!」
…って感じの授業になっちゃいそうDEATHね。これぞ阿鼻教官。
…じゃなくて、何が言いたかったのかというと、久しぶりに読み返してみて
「やっぱ蔵六スゲェ!!」
:(;༎ຶཀ༎ຶ`):
ってなってしまった感動を、やはり記事にしておくことに決めました、という事が言いたかったのです。
基本情報
有名作とは言っても、やはり読んだことのない方もいらっしゃるでしょう。ネタバレ含めた感想・解説を書くのでご注意を、と前置くところですが、実はこの「蔵六の奇病」、下記のサイト「スキマ」から無料で今すぐ読めます。会員登録とかを誘導するものではないのでご安心ください、誰でも無料です。いい時代になったものですね。
40ページくらいの短編なので、読んでない人はまず読んで戻ってきてください。なので、あらすじとかは省きます。(斬新)
読み終わりました?
どんな感想をお持ちになったでしょうか? それでは400字詰原稿用紙1枚以上に読書感想文を書いて、明日先生に提出してください。
( ̄ー ̄)
この作品は、
●昭和45年(1970年)発売の少年画報9号に掲載
●はじめの8ページは2色カラーだった
●掲載時、日野先生24才
●1960年代から漫画家活動をしていたが芳しくなかったため、再起をかけ1年がかりで書き上げた渾身の作品
↑
ここがポイント。後述する文芸評論家清水正先生(日本大学芸術学部教授)との対談動画で、日野先生は「これが掲載されなかったら漫画家をやめるつもりだった」とおっしゃってました。それほどの覚悟と熱意を込めて描き上げた作品………コミックマスターJさんが読んだらこう言うでしょう。
「日野先生の蔵六の奇病……まごうことなき傑作です!」
作者、日野日出志先生とは?
1946年満州生まれ。現在、大阪芸術大学芸術学部キャラクター造形学科の教授をなさってます。商品とのコラボ企画や絵本制作など70才を超えてもまだまだ精力的に活動されています。
◾️「日野日出志」公式サイト
このサイトの「プロフィール」ページが、読み応えあり。ですが、高崎編で終わっています……続きが読みたすぎる!!
◾️日野日出志先生Twitter
SNSなどで結構普段の生活や仕事を露出されています。お酒が好きで、おヒゲが立派な「アクティブおじいちゃん」って感じです。
ホラー漫画の先生って、山奥の洋館に住んでて、爬虫類を飼ってて、ドクロのオブジェとかがあって、暗くてジメジメした部屋に籠っている────という勝手な先入観がありましたが、全然違いますね。(爬虫類:亀は飼われています)
蔵六にちなんで6つの好きポイント
もう全編あますところなく良いのですが、その中でも6つ好きなポイントをあげて行きます。
1.美しき日本の四季描写の丁寧さと構成
この作品は、グロテスクさが際立っている反面、個人的にはとても美しさを感じます。激しい中にも美しい旋律が内在するVampilliaさんみたいな作品と言えば分かりやすいでしょうか。(わかりにくい)
蔵六の純粋な目を通して、自然の生き物の美しさ(色)を感じることができますが、何より日本の美しい四季描写と物語の構成をリンクさせている点に美しさを感じます。
起 | 春 | 蔵六にできものができはじめる |
承 | 夏 | 蔵六のにおいで村人の不満がピークに達する |
転 | 秋 | 蔵六、補給を絶たれ自活を強いられる |
結 | 冬 | 蔵六抹殺計画発動 |
一つ絵を引用します。
梅雨時期に蔵六の噂話をしながら田植えをするシーンです。
現代の稲作は品種が改良され、5月頃田植えをするのが一般的ですが、従来田植えは梅雨時期の風物詩だったそうです。また、現代の田んぼの形は、水路も整備され機械作業がしやすいよう大型の長方形になっていますが、昔の田んぼは全てが手作業で、作業がしやすいよう田んぼ1枚の面積が小さく「魚のうろこのように」雑然とした形状だったようです。
そのあたりのリアリティが物語を引き締める役割を担っていると思います。夏の「ミーンミーン」というセミの鳴き声が、「夏もおわりに近づくころ」にはきちんと「オーシンツクツクオーシンツクツク」となっている点も同じです。
2.ミミズを食べるときの擬音が斬新
ミミズを食すシーンなんて、「なるたる/鬼頭莫宏」か「サバイバル/さいとうたかお」か「スケバン刑事/和田慎二」か駕籠真太郎マンガか映画「ボーダー 二つの世界」かAズラウスキー監督「コスモス」かウォーキングデッド・シーズン5の第10話、シーズン9の第10話くらいしか思いつきませんが、もしそういうシーンを描く場合の「擬音」ってみなさんならどうしますか?
蔵六さんの場合は…
つるつる
でした。
こんな擬音他では見た事ありません! でも、確かに麺っぽいですしね、なんだか逆においしそうです。
引用:蔵六の奇病/日野日出志
蔵六製麺
3.失明シーンに見る蔵六の価値観
このシーンが絶望的で美しく、作品の中で2番目に好きです。
引用:蔵六の奇病/日野日出志
「ねむり沼が血の色にそまった日」と書かれていることで怪奇な感じになっていますが、言い換えれば「夕焼けのとても美しかった日」です。そんな日に目玉が落ちる───淡々とドライに描写されているがゆえに、不幸感と絶望感がぐっと刺さります。
絵を描くことが好きな蔵六を襲う失明。
奇病に侵され、社会から拒絶され、家族との接触も断たれと容赦ない不幸に襲われる弱者に対して、「絵を描く」という最後のモチベーションさえも奪われてしまいます。もう悲哀しかありません。
ところが、この事に対して蔵六の反応は意外なほど静かです。次のページの「無限の闇が蔵六をおそった」の次のコマでは、「まぁいっか」くらいの静けさです。ここに蔵六の価値観がみてとれます。自らのウミで絵を描くという狂気性から、「カラフルな絵を描くことへの執着の強さ」が蔵六のアイデンティティかと思いきや、そのことは特にたいしたことではなかったのです。
蔵六にとって一番重要だったのは、
母のやさしさ
です。
(子を守るためでもあった)母からの拒絶に対して、激しく慟哭する蔵六がそのことを物語っています。普通なら最大の絶望体験=生きる意味を失って自ら死を選びそうですが、蔵六は「頭が弱かった」おかげで母が自分を拒絶した理由を良く理解できず、「いつかまた母が来てくれるかも」という期待が生まれ、それが蔵六を生かし続けた理由となったのではないでしょうか。
4.野犬も食わないヤバさ
一番好きなシーンがこれ。
死肉も平気で喰らいそうな腹をすかせた野犬が、蔵六を見て「食えたものじゃねぇ」と去っていきます。蔵六の病状のひどさ・ヤバさを、見た目・においに加えて、もう一段階押しあげる見事な描写(マンガ表現)です。
引用:蔵六の奇病/日野日出志
5.父の涙
蔵六の父は、タカ派の兄とハト派の母の間でゆれる中途半端な存在。少し蔵六を気にかける描写をもありますが、最終的には村(長男)の意向に逆らえず、蔵六隔離&抹殺を承諾してしまいます。
ですがやはり蔵六は自分の子。運命という言葉に置き換えるしかなかった自身の弱さと蔵六の不憫さを憐れみ、最後の最後に涙を見せます(文字で)。
引用:蔵六の奇病/日野日出志
寒いのに戸を開けて外を確認するふりをして泣きにいく姿が、ちょっと泣けます。
6.鳥がかわいい
ねむり沼のまわりにはカラスがたくさんいて、死肉を貪っていたりするのですが、なぜかみんなかわいい顔をしています。極め付きは、序盤に出てくる「ヒヨコ」!
トビネズミみたいな足とつぶらな瞳がかわいすぎて悶え死ねます。
引用:蔵六の奇病/日野日出志
かわいいヒヨコかわいいヒヨコかわいい…
(;´Д`)ハアハア
蔵六というキャラクターについて
いろいろなコメントを読んだりすると、蔵六は、作者日野日出志先生自身が投影されたキャラクターとして捉えるとやはり自然です。蔵六の色への執着も、先生が小さいころ24色クレヨン(絵具だったかな?)が買ってもらえなかったことがもとになっている、とかね。
普通からの逸脱 社会との決別
日野先生がマンガ家としてデビューした1960年代、現代ほど文化の多様性やコンテンツ産業への理解は少なかったと思われ、「マンガ家になる」ということはヤクザな商売として疎まれ、親や学校からは強く反対される職業だったでしょう。
蔵六は奇病を口実に隔離=つまはじきにされますが、まともに働けない者(まともではない職業)、異端な価値観が切り捨てられた構図になっています。「マンガ家=まともな職ではない」というレッテルで、本人はおろか親兄弟まで冷たい目で見られる、まさに蔵六の家族の境遇と似たような感じがあったりしたのではないでしょうか。
蔵六はなぜ亀になったのか?
これは奇跡的なエピソード。蔵六というキャラクターが出来た後、オチを悩まれていたそうです。広辞苑で「蔵六」という言葉を調べたら「古語で亀の意」ということが分かり、あのオチになったとのことです。
詳細はこちら。
物語のラストに、亀が流す真紅の涙。それは(自分を殺しに来た村人を見て)社会から完全に拒絶されたことの理解に対する絶望の涙。ねむり沼へ消える前に一度だけ村人に顔を向けた亀。社会(家族)と完全に決別してしまうことに対する、わずかな未練。
ねむり沼へ消えた亀に、後戻りできないマンガ業界へ飛び込む日野先生の覚悟が見えた気がします。
清水正先生による批評
文芸評論家の清水先生は、いろいろなマンガ作品も評論の対象にされています。日野日出志先生とも交流が深そうで、著書やブログ等からその関係性が伺えます。蔵六の奇病についても深く分析されており、「ねむり沼への帰結は母胎回帰である」など興味深い解釈で「なるほど!」となったりします。
↓清水先生の著作、読んでみたいけどプレミアが…
実存ホラ-漫画家日野日出志を読む 母胎回帰と腐れの美学 /D文学研究会/清水正
で、直接日野先生と蔵六の奇病について対談(犬木加奈子先生との鼎談)している動画がありました。日野先生が喋っている時間は短めですが、
・少年画報2色ページの秘密
・単行本化時の勝手に改竄問題
・蔵六には妹がいた
など、色々分かって何かが捗ります。
ちょっと長めなので時間があるときにどうぞ。
↓
シリーズ漫画を語る(3)「日野日出志『蔵六の奇病』を巡って(1)」(2015/11/20)【清水正チャンネル】
約50分
シリーズ漫画を語る(3)「日野日出志『蔵六の奇病』を巡って(2)」(2015/11/20)【清水正チャンネル】
約30分
非常階段の蔵六の奇病
非常階段という日本のノイズグループの1stアルバム(1982年発表)が「蔵六の奇病」というタイトルで、ジャケットにも蔵六が鎮座しています。
前述の鼎談動画の中でその経緯も語られていました。そもそもは非常階段側から日野先生にオファーがあり、テープなどが送られてきたそうです。結局日野先生にそのサウンドは刺さらなかったのですが、熱意に負けて原画を貸したとのことです。
まとめ~困った時の蔵六基準法
まとめじゃないんですが、私が普段実践している「蔵六基準法」という生きる上で役立ちそうなウマコンメソッドをご紹介します。
超簡単で誰でもできます。
何か困ったことや、つらいことがあった時に、蔵六の境遇と比較するだけです。
例えば、「泊ってっていいよ」ってなった人ん家の部屋がめちゃめちゃ汚い時、
「蔵六さんの部屋に比べたら天国」
って思うようにします。どんなに汚くても、気味の悪い生き物が集まってきていたり、ウジがわいているような部屋ではないでしょう。ぜんぜん耐えられます。
例えば、仕事で理不尽なことを言われた時、
「蔵六さんの方がもっとキッツイ事言われてる」
って思うようにします。どんなにつらく当たられたとしても、石投げられて「会社に来るな!」とまでは言われないでしょう。ぜんぜん許せます。
弱者でありながら、あらゆる不遇と災難が降りかかった悲哀の主人公、蔵六。村や家族から見捨てられ、まさに身を削って書きあげた「美しい色のおびただしい量の絵」は、それは美しく素晴らしい作品群だったに違いありません。
だからですね、ちょっとしたアートを見ても、
「蔵六さんの描く絵に比べたら多分ぬりぃな」
って思ってしまうところが、この蔵六基準法の欠点でもあります。
おしまい
「良い子は早く離脱する奇病にかかって寝て。」
絶対押すなっ!! (#゚Д゚)ノ押したらケツの穴からウジ虫突っ込んで奥歯七色に染め上げたんで!!
※本当のトラウマで苦しまれている方々を軽視したり、蔑ろにするような意図は一切ありません。
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