【少年漫画】「進撃の巨人」を語りつくす!ローゼ編:この世界を構成する6つの残酷と人間の本質とは?
- 2021.06.30
- トラウマ漫画
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3回に渡る進撃の巨人記事の第2回目です。第1回目マリア編は、ネタバレなしでこの作品の9つの魅力を紹介、あと特別企画として巨人VSゾンビを真剣考察しました。今回は、ネタバレありで感想を述べまくりたいと思います。
いやぁ、もう、この作品は考えさせられることが多すぎて、面白すぎて、頭が下がります。頭下がりすぎて顔が削れます!
壁、未来、人間、争いという4つのテーマでまとめながら、世界の残酷さを整理していきたいと思います。
1.壁とジュブナイル論
巨人というアイデア以上に壁内国家という設定が、ターゲットとなる青少年の支持を集めた一番の理由ではないかと思っています。
壁は、外敵を防ぐもの、境界・区切りという物質としての機能と、目に見えない隔たり(世代、性別、主義など)を表す比喩としての意味を持っています。進撃の巨人の三重の壁は、この目に見えない方のいろいろな意味の壁をとてもうまく可視化できたのだと思います。
ちなみに、諫山先生が最初に持ち込みした原稿では、壁ではなく巨大樹で囲まれた都市という設定でした。こちらから読めます。
ちなみに、心の壁というものに強度を持たせて具現化した、エヴァンゲリオンのATフィールドというアイデアも秀逸ですよね。
思春期に刺さる要素しかない
壁は、親の庇護(ひご:かばいまもること)とも捉えることができます。子供たちは、護られていることのありがたみよりも不自由さに不満を抱きがちです。自我・自立心の芽生えからくる子供の反抗期、これは全世界共通らしいですが、この感覚を第1話冒頭でエレンが代弁しています。
また、初めて味わう管理型社会=学校の窮屈さ、都会への憧憬を阻む地方コミュニティなども壁内世界とリンクするかと思います。知らない世界を見たいという好奇心、独立して好きなことをしたいという自由への渇望は、思春期の青少年自身はもちろん、過去にそこを通過してきた大人にも刺さるテーマと言えますね。
巨人は大人の象徴
障壁とも言うように、壁=障害です。進撃の巨人の世界では、門をくぐれば壁外に出ることはできますが、圧倒的な障害=巨人が立ち塞がります。そういう意味では、奇しくも巨人が自由を妨げる壁なのです。(実際壁の中に巨人埋まってたし)
シンボル化された巨人という障害は、そのまま子供から見た大人と捉えることもできます。子供たちだけの価値観が大人に理解されないこと=巨人との意志疎通のできなさとしてリンクします。
ゲームするな、勉強しろ、やりたいことには反対…などの不自由の強制は、子供たちからすると手足をもがれることと同義。ご家庭によっては、過度の束縛、搾取、存在の否定など、おおげさではなくゆるやかに殺されていると感じている子供たちもいると思われ、そんな環境では、この設定に共感するなという方が無理な話です。
壁の価値を知る
ところが物語が進むと、壁自体が巨人でできていること、無垢の巨人がマーレ進軍を防いでいたという事実が明らかになります。価値観を一気に変容させられるこの設定、とても面白いですよね。壁が崩れて巨人の顔が見えたシーンは、鳥肌が立ちました。
障害であったものが実は自分たちを守っていた…まさに、親と子の構図です。ここに気づいたお子さんは、ちょっと優しくなるのではないでしょうか。視点を変えると価値観も変わる、という大事なことを教えてくれる、本当に良き作品です。
見えない壁の超え方
後半に登場する国家や民族という見えない壁、こちらの方が何倍もやっかい。世界の広さと同時に壁の高さ(問題の根深さ)を理解したエレンは、がっかりしたと言います。
社会を知ることで必ずぶち当たる逆境と挫折。進撃の巨人は、そこをどう乗り越えてゆくのかという選択と成長の物語とも言えるのではないかと思います。
そして成長とは理解と変化。最後まで読んだ方は分かると思いますが、良くも悪くも一番変化したのはミカサ、一番変わらなかったのがエレンと捉えます。どちらの選択も真摯で尊く、片方が間違っているなんてコメントはできません。
大人へのなり方が決して一つではないことを、この作品は示してくれています。(と思います)
自傷の肯定
壁の話ではありませんが、自傷で巨人化するってアイデアにも注目です。目的意識がないと巨人化できませんが、前向きな行動と自傷がリンクしている点が面白いです。
自傷と言えばリストカットですが、ストレスや不満の解消法として、またうまく言語化できないメッセージ伝達という機能でもあるようです。世間的には後ろ向きな行為と捉えられがちですが、悔しい、変えたい、良くありたいという強い生の衝動があるからこその前向きな行為…とも言えるのでは、と道からの雷が落ちるたびに思うのです。
あと、整形やタトゥー、スカリフィケーション等の身体改造などはストレートに前向きな自傷。強い目的意識と覚悟を持って巨人化スイッチを押した状態なので、やはりそういう人と対峙すると気おくれしますよね。
一つだけ苦言
エレンは家畜が嫌いです。何の疑問も抱かず命令に従うだけの奴隷と蔑みますが、実はこのことが間違いだという意見があります。
ある酪農家の方から聞いたという人から聞いた話ですが、家畜勝ち組説という考え方です。家畜は、生死を人に管理されていて一見哀れな存在に見えますが、大事に保護されて天敵に襲われることもなく、安定して子孫を繁栄させ続けている勝ち組種であるという解釈です。毎日の食べ物を世話し、病気にならないよう健康にも注意し、排泄物もきれいに掃除する……その酪農家の方曰く、人間の方が家畜の奴隷だと感じることがあるそうです。
2.決定論とバックキャスティング思考
未来について、個人の自由意志で未来が千変万化する非決定論と、あらかじめ一意の未来が定まっている決定論という2つの考え方があります。進撃の巨人は、後者の決定論世界という設定で描かれており、個人的に大好物です。
フィクションとして不利な決定論
エレンは、未来の継承者の記憶を見ることができるという進撃のスキルによって、断片的ではありますが未来を見ることができます。で、見えた未来は変えられないっぽいです。これが決定論ですね。
決定論は、SFのテーマとして取り扱われたり、運命という言い方でよくフィクションに登場します。が、こちらの記事で書いた映画ウォンテッドのように、未来は変えられる方が面白いですよね。どんなにあがいても、オチが決まっている決定論は、フィクションとしては不利です。
ですが、進撃の巨人は文句なく面白いです。決定論世界をここまで魅力的に描ける諫山先生の才能に脱帽ですし、悲観しがちな決定論世界でも誠実に生きることの大切さを学べます。
ちなみに、みんな大好きジョジョの奇妙な冒険も、第5部までは決定論。5部最終話の「眠れる奴隷」…名作が過ぎます。6部以降は解釈が分かれます。
あと、究極の決定論マンガと言えば、永野護先生のファイブスター物語ですよね。連載開始前に、結末までに起こる出来事を年表で発表しちゃうという、前代未聞っぷり。そして、結末が分かっていてもバチボコ面白いんですけどね。
もう一個ちなみに、エレンがヒストリアの手にキスした時に、地ならし虐殺後のミカサ選択で巨人が消えた未来を見たわけですが、この時見えた未来は誰の記憶か謎でした。これについては、単行本最終巻の加筆ページに答えが出てきましたね。最終ページの犬連れた子供がきっと継承するのでしょう。
間違えました。上記は、エレンの記憶を見たグリシャの記憶をエレンが覗いた…が正解です。謎でも何でもありません。失礼しました。
そこに自由はあるのか
131話「地鳴らし」でエレンは語ります。障害(壁)を越えて外の世界を見ることができたものが一番の自由を手に入れた者だと。外の世界を見ることとは、好奇心または知識欲を満たすことと言い換えることができます。どんなにお金持ちでも権力者でも、距離、時間、金銭、道徳的な問題(障害)で、好奇心・知識欲を満たしきれた人はいないと思います。
そもそもその欲求が弱い・ない人は不自由を感じず、強い人ほど不自由を感じる、このジレンマ(知りたいと思った瞬間不自由が生まれる)が残酷ですね。
変わらない派代表のエレンは、その好奇心も子供のころから変わりません。仲間を争いに巻き込み、人類の8割を踏みつぶして願いを叶えました(障害なしに世界を自由に行動できる環境の構築)。一番の自由を手に入れたはずですが、代償が大きすぎて心から喜べません(次のページの表情)。
外敵を一掃してもミカサや仲間と幸せに生きていけないことも大きな代償の一つですが、何より残酷なのは、未来が決まっていたこと=自由意志が存在しないことを知ってしまった点です。これはエレンと歴代進撃の継承者のみが理解できる世界の残酷さです。しかし進撃の継承者が、いついかなる時代も自由を求めて進み続ける習性を持ってしまうとは、なんとも皮肉な話です。
バックキャスティングのコツを学ぶ
賛否が分かれるとうり、進撃の巨人は決してハッピーエンドとは言い切れません。一般道徳的な観点から見れば、この世の全てを平らにする(人類リセット)というエレンの選択は間違っています。ただ、それをダメだと判断して終わるのではなく、学びを得ることが大事だと思います。
到達したい未来を設定し、そこに至るステップを考えるバックキャスティングという計画立案の思考法があります。その反対は、現状の能力からできる改善策を積み上げていく、フォアキャスティングです。どちらにもメリットデメリットありますが、大きな問題を解決したり、革新的なアイデアを導き出したり、目標へ最短で到達するにはバックキャスティングが有効とされています。
一例として、エルヴィン団長の計画を整理してみましょう。
同じく巨人に立ち向かうにしても、エレンとは目標が違うのが分かりますね。図にも書いてますが、エレンが現れなければ、王政に近づくための出世が計画ステップでしたが、より最短でゴールに到達できるよう軌道修正しました。
エレンの目標、巨人(壁外進出を阻むパラディ島の無垢巨人)の駆逐は前半で達成されました。世界の真実を知った後、エレンは「仲間を含むパラディ島人類の(平和的)生き残り」という新しい目標を立てます。
この目標設定自体は問題ありませんが、そこに至るステップとして「島外人類のリセット」を置いてしまったことが大問題でした。そうなってしまった要因は、4年以内という厳しい期限設定です(エレン残り寿命)。決定論の話は置いておいて、期限がなければ他の手段があったかもしれません。
以上の例から、バックキャスティングにおける2つのコツを学んでおきましょう。
計画時:無理な期限設定をしない
実行時:新しい環境変化に合わせて柔軟に軌道修正
3.人間の本質
人間の本質は、未だ万人が納得する答えがなく、永遠の命題の一つです。よくアニメやマンガのラスボスが、「人間は悪だから断罪されるべき」とか言います。キリスト教における原罪や、仏教における煩悩という言葉などで代々刷り込まれているおかげで、我々はこのラスボスのセリフに反論はしますが論破できません。
進撃の巨人の中には、いくつか人の本質が垣間見えるシーンがあります。
人類総ゲスミン? いい人なんて幻想
本質にはいろんな軸がありますが、善悪はわかりやすい指標です。アルミンとアニが、わりとその答えっぽい会話をしています。
人の良い悪いは相対的なもので、真に絶対的な善人は存在しないというこれ↓です。
このことは、逆に絶対的な悪人も存在しないということです。人類を8割虐殺したエレンは、ほぼすべての人類から見たら極悪人ですが、アルミンたち一部の人からしたら、自己を犠牲にして大きな争いの種である巨人の力を消し去ってくれた、超いい人です。
性善説・性悪説という言葉がありますが、人の本質に善悪という軸はない、ということが一つ真理ではないでしょうか。性善・性悪どっちが正しいか、何千年も決着つかないわけです、軸が間違ってますから。(性善・性悪どちらも正しくないというのが答え)
種の存続 < 個の存続
第137話、道でジークはアルミンと対話し、生きることの本質を語ります。生きる目的は増えることだと。これは広く生物の本質として語られていますが、人も生物の一部なので、人の本質の一つであるとも言えます。
しかし、エルヴィンは人類存続のための重要な作戦を放棄して自分の夢を優先したいと言い、ヒストリアは始祖継承を拒んでエレンを逃がすことを選択、エレンは仲間とパラディ島民を生かすため、人類虐殺を選択します。この、種の存続よりも個の欲求を優先するという点が、他の生物にない人間独自の本質の一つであると思われます。
そして、彼等の想いはわかりみが深く、決して異常なことだとは思いません。人が、身勝手で個を優先する存在なのは、言われなくてもわかっている史上No.1であり、その方が自然であると感じることが多いのです。逆に個よりも種を優先できる人もいるので、正確には「人間とは、種より個を優先することもできる存在」となります。
人を人たらしめる要素は、二足歩行、言語、思考と言われていますが、もう一つ愛もそうであると考えます。動物が子供を守る行動は、一見親子愛に見えますが、おそらくそこに愛はなく、種を守るという生物としての本能オンリーな気がします。人の愛に基づく行動は、種の存続とも連動していますが、時としてそれを逸脱した個の優先だったりもします。その極端な例が、始祖ユミルですね。
まとめると「人間とは、種よりも個を優先させるほどの欲と愛を備えた存在」でしょうか。
※この項は、人に本質があるという前提で話をしています。環境によって本質が変化する許容存在という考え方が前提の場合は、ちょっと話が変わります。
勝手にマリアージュ
ここで一曲。世界の存続よりも好きな人への行動を優先してしまう、悲しい愛の歌、筋肉少女帯で「オカルト」です。
4.争いのない世界へ
戦争は、技術の発展や人口調整に貢献しているなんて考え方もありますが、文化は衰退し尊厳が失われる悲しい行為です。ところが進撃の巨人では、戦争・暴力の悲惨さを描くと同時に、戦うことへの鼓舞も描かれています。これがどういうことか考えてみます。
同種で殺し合うプログラム
第78話「光臨」でベルトルトが超大型巨人になる直前に、世界はこんなにも残酷じゃないかと言います。
このシーンの前には、誰も悪くないとも言っています。これは前項で述べているとうり、人に善悪はなく、互いが掲げる正義の違いによって殺し合ってしまう存在であることを悟り、そのことを残酷だと言っていると思われます。
この同種で殺し合ってしまう性質は、人間特有のものではなく、他の動物でもけっこうあるそうです。なんなら人間は、同種殺し界のトップ30にも入ってないそうです。ちなみにNo.1は、ミーアキャットとのこと。
ある研究によると、動物の進化とともに殺しあう頻度が上昇すると
愛ゆえの殺意
同種で殺し合う生物の中で、人間だけ他と違う点があります。憎しみ目的で殺し合える点です。それを象徴するシーンがあり、個人的に一番印象に残っています。
111話「森の子ら」のガビとカヤのくだりです。ガビがサシャを殺したことを、ニコロとサシャパパは苦しみながら許しますが、カヤは全力の殺意をガビにぶつけます。このシーンは、フリッツ王が娘たちにユミルを食わせるシーン以上にゾッとしました。今日も世界のどこかで、実際に同じような殺意が生まれていることが容易に想像できるからです。
愛が深いほど憎しみは強くなり、連鎖します。このスパイラルに入ってしまうと、解決は超困難です。エレンはリセットという選択をしましたが、他に方法はないか、ぜひ皆様も考えてみましょう。
争いをなくす方法
ジークが言う増えることと殺し合いは、一見相反した
すなわち、争いをなくすには増えることを放棄すればよいので
今日世界の人口は増加の一途をたどっていますが、その中
お前…胸張って生きろよ
巨人問題のない世界に生きるぼくらの
戦争は、民族、資源、政治、宗教など様々な要因
そんな世界で戦う意味とは何でしょう。
争いをなくすため、憎しみの連鎖を断つための一つの方法が、増えることの放棄(子をつくらない)。そして戦うことがもう一つの方法でもあると考えます。戦い続けることは死の生産性を高め加速し、減らすことに貢献するからです。
生きるということは、増えることであると同時に殺し合うこと。殺し合いをなくすために戦え! 戦わなければ減らない!
ということでしょうか。人には増えすぎを調整する深き欲と愛という優れた機構が備わっているので、無節操に増え続ける不完全な存在だと嘆くことはやめ、自分のために生きましょう。
何を言っているのか自分でもわからなくなってきましたが、言いたいこと伝わりましたでしょうか。
まとめ
世界の何が残酷かまとめてみます。
●弱肉強食システム(byミカサ)
●好奇心が不自由を生むジレンマ(byエレン)
●決定論下で自由意志が存在しないこと(byエレン)
●善悪と正義は幻想(byベルトルト)
●生きることは殺し合うこと(byジーク)
●愛は不自由であること(by始祖ユミル)
137話「巨人」は、一番大好きな回です。道の世界でジークは、アルミンから増えることだけではない生きる意味を知り、地鳴らし停止のためリヴァイに命を差し出します。そこで世界の美しさを認識します。
「……いい天気じゃないか……もっと早くそう思ってたら……」
上でまとめたとうり、世界は残酷だらけです。これらはもう不可避のシステムなのでどうしようもありませんが、たかだか6つです。それに対して、世界の美しさは無数にちらばっています。しかし、自ら感じようとしないと意外に気が付かないものです。
この進撃の巨人を読み、ぼんやり過ごしていた自分を戒め、もっといろいろなものに目を向けてみようと思った次第でございます。
ローゼ編おしまい
今回は読書感想文でした。次回第3回シーナ編は、作中の世界についての考察(ほぼ妄想)を垂れ流してみたいと思います。
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どこかで聞いたことある設定ですねww でも面白いのでシリーズ化されています。
※ジュブナイル論は、眩暈SIRENさんのアルバムタイトル。
※個人の感想です。殺し合いや戦争を推奨する意図はありません。