10月18日にシネスイッチ銀座で、深川栄洋監督による映画「あなたの息子ひき出します!」略して「あなむす」を鑑賞。映画マニアというわけではありませんが、今年観た映画で、文句なくナンバーワン1だったので湧き上がる感想を勢いで書いておきます。
まだ未鑑賞の方向けにネタバレはなるべく避けていますが、一部含んでしまっていますのでご了承ください(該当箇所では宣言します)。
このテーマを取り上げてくれたことへの感謝
この映画は、引きこもり、性犯罪、小児性愛といったセンシティブなテーマを扱っています。商業的なヒットは望みにくい題材ですが、それでも映画として世に出してくれたこと自体に、まず感謝したいと思います。
社会問題を扱うコンテンツは数多くありますが、テーマや業界の「あるある」をわかりやすく見せ、恋愛や感動を組み合わせて、料理でいえば「食べやすく」加工したものが多いように感じます(個人的な偏見かも)。
この映画は、そうした「食べやすさ」を目指していません。
宮澤美保さん演じる主人公小林典子は、引きこもり問題を抱える家族の相談を受け支援をしています。けれども、その苦労や「あるある」を伝えるための物語ではありませんし、問題提起で終わってもいません。一見すると社会問題提起風の映画ですが、しっかりとしたドラマとして見ごたえがあり、高い作品性を感じました。
しかもその切れ味は鋭すぎるくらいシャープで、人によってはダメージを負ってしまうかもしれません。
鬱映画とは一線を画す3つの理由
テーマや展開からすると、いわゆる「鬱映画」に分類されるかもしれません。ただ、私は次の3つの理由で、他の鬱映画とは一線を画すと感じました。
1つ目は、主人公の魅力です。特異な献身性を持つ小林典子については、のちほど詳しく書きます。
2つ目は、小野光南翔さん演じる息子の小林颯太の無邪気さです。「目がつぶれる!」と感じるほどのキラキラした眩しさがあります。彼自身も幼さゆえの危うさを抱えていますが、さまざまな問題を抱える人々に対してその壁を一切感じさせずに飛び込んでいきます(本人は認識していないだけですが)。その姿には、とにかく救われます。彼を見るだけで、心の氷が猛スピードで溶けていくようなイメージを抱きました。
3つ目は、季節設定とエンディング曲のベクトルです。映画は暗く寒い秋から冬にはじまり、桜の咲く春で終わります。その背景に流れる石崎ひゅーいさんの「手品」は、美しく柔らかく作品全体をまとめ上げ、観た人の感情を優しく包み込み、とても爽やかな後味にしてくれます。
映画タイトルの書体もポップですし、舞台の情景は美しく、人との繋がりがとても尊く見え、スルメとコロッケはおいしそうで、そして何より颯ちゃんが天使すぎます(誤解を招きそうな表現ですがあえて)。痛々しく重い内容ではありますが、とても観やすく他人に勧められる作品です(ただし勧める人は慎重に選ぶ)。
危うき献身が生む真のヒーロー性、その魅力
典子を一言で表すなら、「危うき献身」でしょうか。
普通はそこまでできない、というラインを超えた献身があります。その献身は、博愛精神の強さや、何かの贖罪から来るものではありません。助けられる側から見れば天使のような存在ですが、別の角度から見ると、その優しさや善意は危うさであり、欠陥でもあります。このバランスが新しく、とても魅力的で、演じた宮澤美保さんの演技も素晴らしいと思いました。
映画鑑賞後には、深川監督と宮澤さん、「ベイビーわるきゅーれ」シリーズの阪本監督が登壇する感想シェア会がありました。そこで深川監督が、もともとはヒーローものにするつもりだった、と話されていました。確かに典子は、困っている人を助けるヒーローです。ポスターのビジュアルに赤いマントが描かれているのも、その象徴でしょう。
ただし、このヒーローは完全無欠ではありません。布団で寝ることと朝起きることが苦手で、朝食は9歳の息子が作ります。人の話を聞くのは好きなのに、大事な情報はメモを取らないと理解できず、忘れてしまいます。過去には性産業に従事していました(これを欠点に含めることには異論があるかもしれませんが、設定上の事実として触れておきます)。
少し欠点のあるヒーロー像は、これまでにも数多くあります。しかし典子の欠点(欠陥)は、「一般常識の視点」から見るとかなり危うい部分を含んでいます。その点は、同居する平野ノラさん演じる橋本由梨が的確に代弁していて、ラストあたりの展開(単なるヒーローもので終わっていない点)にもつながっています。
自己犠牲を糧とするヒーロー像は定番ですが、典子にはその悲壮感もありません。献身という言葉を使いましたが、典子は他人を助けることを苦に感じているようにはあまり見えません。そこに「狙った感じ」もなく、好感を持ちました。ただ、颯ちゃんに「安定した職に就いてほしい」と話す場面もあり、本心まではわかりません。
それでも、だからこそ、もし自分が困った側になってしまったら典子のような人に助けてもらいたい、と強烈に思ってしまうのです。それほど、彼女の献身には打算がなく、圧倒的に無垢に見えます。その無垢さは、欠陥があるからこそなのかもしれません。行き過ぎた正義に不快感を覚えるキャラクターはよくありますが、危うさを抱えながらもここまで確かなヒーロー性を感じさせるキャラクターは、ほとんど見たことがありません。
典子の魅力は、そばにいる颯ちゃんが一番わかっています。「ボクはお母さんみたいになりたい。だってカッコいいから。」この言葉に全てが詰まっていたと思います。
「あの人は悪い」と言わせてくれない映画
私がこの映画を観ようと決めたきっかけは、阪本監督のX(旧Twitter)での紹介でした。
感想シェア会でもおっしゃっていた「キャラクターの本質は序盤でわかりやすく見せるのが定石だが、この映画はそうなっていない」という点はまさしくその通りでした。主人公の典子だけでなく、ほかの登場人物も、一言で「こういう人」と簡単にラベリングさせてくれません。コンテンツとしてはメリットが薄い作り方でしょう。けれども、それが圧倒的なリアリティを生み、「私はこの人をこう捉えて良いのか」という判断の天秤をいちいち確認させられます(しかしそこが映画体験として心地よい)。
※ここから先は、物語の一部に触れます。
この種のドラマでは、元受刑者がまじめに更生しようとするのを妨害する第三者がしばしば描かれます。事情をよく知らないのに憶測で噂を広め、過度に恐れて排除しようとする人たちです。そう描けば観客は当事者に感情移入しやすくなりますが、第三者側がどうしても悪者に見えてしまいます。
この映画には、そうした描写がほぼなかったと思います。のせりんさん演じる矢崎修吾が誤認逮捕されたシーンが印象に残っています。彼の職場の従業員があーだこーだ言うシーンはなく、翌日から皆来なくなったという状況が描かれるだけです。それでも、当人の不条理は十分に伝わってきますし、離れていった側の気持ちもわかります。従業員がいなければ経営が成り立たないので、「辞めてほしい」と伝える経営者の気持ちもわかります。しかしその演技は「迷惑な存在を早く排除したい」という悪意ある感じにはなっていません。
誰もが正しくない部分を持っているけれど、それがイコール悪ではない。
そう描いているのではないかと感じました。きっと安易に答えを提示することが「多面的に見る力」や「思考する力」を阻害してしまうから。この仕上がりは、多くの現場調査にもとづいて練り込まれた脚本と、さまざまな鑑賞者を意識、配慮した演出、そして役者さんたちの丁寧な演技で支えられているのではないでしょうか。
問題はわかりやすく伝える工夫
人物や事象のラベリングは曖昧にしつつ、問題の深刻さはわかりやすく伝える工夫もありました。作中では、「引きこもりは滋賀県の人口より多い」「小児性愛者は福岡県の人口より多い」と語られる場面があります。お子さんのいる親御さんにとっては、ゾッとする話でしょう。
ただ、この数字は安易に鵜呑みにせず、ご自身で調べてみてください。私もちょっと調べてみましたが、研究や統計がいくつもあり、国や定義、調査方法の違いで推計値が変わってしまうことがわかりました。
また、ここで区別しておきたいことがあります。劇中でも語られていましたが小児性愛(子どもに性的に惹かれる傾向)と、子どもへの性加害(行為)は、同じではありません。傾向があっても行為に及ばない人もいれば、傾向とは別の理由で加害に及ぶ人もいます。さらに、子どもへの性加害は、統計上は男性より少ないものの女性が加害者となるケース、子どもがより幼い子どもを加害するケース、なども一定数あります。
傍観を食い止める映画
正義が人や立場によって変わることは、みんな理解しています。理解はしていても、納得はできません。だから摩擦は永遠になくならないのでしょう。
繰り返しになりますが、この映画は「正しいか正しくないか」を断定しづらい作りになっています。観ていて「あれ?これはどう捉えればいいんだ?」と立ち止まる余白があります。膨大な情報が整いAIも浸透し正解が手に入りやすくなった今だからこそ、この余白に大きな価値があると感じました。
たとえば、同居する矢崎修吾が、コロッケをがっつく場面があります。ふだん無口でイラついていることが多い彼が、夢中で食べている姿を、私は「ほほえましい」と感じました。典子が紹介した職場でまじめに働き、お腹がすいていたのだろうと思ったのです。
ただ、私がその感想を口にした瞬間に、性被害にあった方やその関係者は「何を言っているんだ!」と思うかもしれません。この映画は、どこを切り取ってもこうした摩擦を生む可能性を孕んでいます。
だから当事者ではない人はそこに触れないようにしがちですが、それが「見えないふり」なのです。
この映画を観た人は、いやおうなく自分の「正しさバランス」を再認識させられます。強いバイアスを持つ問題の当事者であってもそう。第三者であれば、なおさらでしょう。そして第三者には、社会通念とのギャップを小さくしようとするバイアスが働きます。それでも、私はいいと思います。この映画をきっかけに、自分の感覚を意識することがとても大切だと思うからです。
注意したいのは、「第三者」が「傍観者」に変わってしまうこと。
ポスターのキャッチコピーは、「あなたにはみえますか?」。この問いを、私は次の3つに広げて受け取りました。
- センシティブな社会問題が見えているか(正しく知っているか)。
- 問題や欠陥を抱えた人であっても誰かのために献身していることが見えているか(想像できるか)。
- 気づきにくい親の愛や他人の苦痛が見えているか(見ようとしているか)。
この映画が仮にひとつだけ問いを投げているとすれば、それは「見えないふりをし続けることで、本当に見えなくなっていませんか」ではないでしょうか。
この映画を観た人は強制的に2枚の札を渡されます2。好きな方を選び、片方は捨てなければいけません。片方の札には「見えないふりをする」と書かれていて、もう片方には「見えないふりをしない」と書かれています。
誰もが躊躇する二者択一を突き付けられる恐ろしい映画ですが、「見えないふりをしない」方の札を選んだ深川監督が一番のヒーローなのかもしれません。

まとめ
私の事情は語りませんが、自身の感覚、今後の判断や行動のありかたを見つめ直そうと思える影響力の強い映画でした。
問題には必ず原因があります。
原因がはっきりしている場合もあれば、そうでない場合もあります。人の心に起因するものは、本人が「こうだ」と申告しても証明はできません。だから、ある一面だけを理解して真実だと断定するのは危うい。そのことに注意したいと思いました。
もちろん、原因がはっきりしているのに見えないふりをする場合もあります。すべての見えないふりを解消しようとすると、大きな苦痛と労力が伴いがちです。ですから、それを誰かに強要するつもりはありません。ただ、「あ、いま自分は見えないふりをしたな」という自覚だけは、しっかり持って生きていきたいとも思います。
もうひとつ付け加えておきます。すべての真実をつまびらかにすることが、絶対的な正義とは限りません。手品のように、種あかしをしないほうが価値のあるものもあるからです。個人的には蓋をしてしまうことに憤りを覚える派ですが、その憤りは誰にとって正しいことなのかは冷静に考えてみます。
おしまい。
※感想文は、すべて著者が感じたことのみで編集していますが、下書き、校正にAIを使用しています。
※ちなみに私の立場ですが、作品内のある問題の当事者です。
関連コンテンツ
関連があるかもしれない(またはないかもしれない)コンテンツを上げておきます。
映画 法廷遊戯
2023年公開、深川監督が手がけた法廷ミステリーもので、五十嵐律人による同名小説が原作。あなむすのテーマとはぜんぜん違いますが(一部関連する部分はある)、こちらも正しさについて考えされられるエッジの効いた作品。よく観ると「見て見ぬふり」「ヒーロー」というキーワードが含まれています。
映画 存在のない子供たち
2018年公開のレバノン映画。ナディーン・ラバキー監督による中東の難民事情をリアルに描いた社会派ドラマで絶対泣く系。不法移民、児童婚、貧困などの社会問題を扱いつつ、主人公の少年が両親を「自分を生んだ罪」で訴えるというアイデアが秀逸。舞台やテーマは違いますが構造があなむすと近いと思ったのであげておきます。演者を本当の難民からオーディションしたのは驚愕。詳しくはこちらで紹介しています。
テレビドラマ 明日の光をつかめシリーズ
2010~2013年にフジテレビ系で放送された、昼ドラなのにどろどろしていない社会派ヒューマンドラマ全3シリーズ。前科・虐待・いじめなどさまざまな事情を抱える子供たちが暮らす施設で、渡辺いっけい演じる主宰の北山(通称:おっちゃん)が子供たちの社会復帰を支えるストーリー。
実は少年犯罪の被害者でもあるおっちゃんが、それでも事情のある子どもたちと全力で向き合う姿は小林典子と少しだけ重なります。彼は、深川監督もコメントされていた被害者両親の父親典型「許さねぇ、報復してやる!」タイプだったが、犯人は少年院で自殺。このやるせなさとどう向き合うかが話の裏テーマ。現在U-NEXTで1と2だけ配信されてます。
漫画 住みにごり(連載中)
たかたけしによる漫画作品。小学館ビッグコミックスペリオールにて2021年から連載中で、2026年10月末に11巻が発売。家族の暗部を描くヒューマンドラマで、不穏さとユーモアが入り交じる作風が特徴。引きこもりというワードでまず思い浮かぶ作品ですが、それが主題ではなく、実は引きこもり当人以外の人々の歪みが核。分類すると闇側の作品なので読み手を大いに選びますが、予測のつかなさはトップクラス。今個人的に最も目が離せないコンテンツのひとつ。
漫画 名前のない病気(完結)
宮川サトシによる漫画作品。こちらもビッグコミックスペリオールにて2024年から2026年まで連載、単行本全4巻で完結。作者自身の実体験をもとに、引きこもりや家族関係の問題を描くドキュメントコミックです。実話に基づいているだけあって、細部のリアリティが段違い。これを描くことで追体験になってしまうことの苦痛を乗り越え完結されたことは本当に素晴らしく、とても貴重な作品。これはあるひとつの引きこもりの実態ですが、これが滋賀県の人口以上の数だけあるとは……。
漫画 違国日記(完結)
ヤマシタトモコによる漫画作品。祥伝社のFEEL YOUNGにて2017年から2023年まで連載、単行本全11巻で完結。人間ドラマを中心に、家族や他者との関係、自分らしい生き方を丁寧に描いていてアニメ化も映画化もされました。引きこもりは関係なく、事故で両親を失った15歳の姪を小説家の叔母(独身)が引き取り、共同生活をする設定。この叔母は人見知りで片付けが苦手などの欠点があるが、姪の尊厳棄損について「見えないふり」をせずに行動した点があなむすの小林典子と重なります。
他にも、パンをナメるな! とか 魔界の議場 とか 来迎國/らいごうのくに など、主題は違いますが入口が引きこもりであるコンテンツが意外と多くあります。それだけ身近な事象であると言えそうです。

